FIELD REPORT

会員からの研究レポート第1号です!

1.セダカスズメダイの産卵 石田根吉

【まえがき】
 この3年ほど、夏になるとセダカスズメダイの産卵を富戸の海で
追跡し続けてきました。本によると、各々が餌場となる岩を縄張り
とし、その表面の海藻などを食べて暮らしているそうです。産卵期
になると、オスは自分の縄張りの岩にメスを呼び込み早朝に卵を産
ませ、自分がそれを守り続けます。

 1999年夏にセダカが産卵しているのに初めて気付きましたが、
その時は、「わあ、卵がきれいだなあ」と毎週覗き込むだけで済ん
でいました。しかし、その翌年2000年、「あれっ? 産卵に何だ
か規則性があるようだぞ」と気付いたのでした。そして、2001年
にそれを確認しました。

【結果】 
 意識的に細かく調べた2000、2001年で確認した産卵場所は延
べ5箇所でした。その内2箇所は同じ場所です。更に、それは99年
に初めて産卵を見つけた場所でもあります。即ち、その場所では少
なくとも3年連続で産卵が続けられたことになります。浅場の岩に
産み付けられる卵は産卵後からハッチアウトまで目まぐるしく色を
変えながら成長を続けます。産卵期間は、毎年、大体7月初旬から
10月初旬位までの3ヶ月ほどです。

 残念ながら、富戸では早朝潜水が出来ないため、産卵の様子を
観察することは出来ません。卵は岩の上で徐々に色を変えながら
成長を続け、8月の水温(24℃位)ならば4日半後の夕刻には
ハッチアウトします。夕刻の潜水も出来ないため、この様子も見る
ことは出来ません。産み付けられた卵が成長している間にも、新た
に産卵が続けられ、岩面には誕生日の異なる色とりどりの卵が並ぶ
事になります。

 それらの卵には凡そ次の様な規則性があるようです。

1)卵は、最も新しい卵塊(クラッチ)に隣接した場所に産み
 付けられる。
2)次々に生み続けられる卵塊は、岩面を時計方向に回る場合が
 多い。

 以下に、実際に産み付けられた卵の様子を図と写真で見て頂き
ます。卵の色は、便宜上次の様にします。例として2000年8月15
〜20日までの観察を挙げます)

・黄;早朝に産み付けられたばかりの卵。明るい黄色をしている。 
・緑;産卵後1日経った卵。便宜上、緑と書いていますが、ほとん
   ど黄色と言ってよいくらいの黄緑。前日からの色の変化は
   ごく僅かです。
・暗;産卵後2日。この一日で、卵の色は劇的に変化する。一挙に
   黒っぽくなり、暗緑色という感じ。
・灰;産卵後3日。卵の色は少し明るさを増し、灰色っぽくなる。
・銀;産卵後4日。卵の中の稚魚の目玉が見えるようになる。ライ
   トを照らすと、そこがキラキラと銀色に輝く。
・x;産卵後4日半の恐らく、夕方にハッチアウト。翌朝その部分
   は完全にもぬけのからになっており、セダカのオスがその付
   近を後片付けする様に口をパクパクさせている。

1日目(2000/08/15、写真sedaka01)

4パッチの卵。左手前の部分がこの日の早朝に産み付けられた卵。
右奥の「灰色」に当たる部分がセダカの体に隠れて見づらいですね。
「灰色」と目玉の「銀色」の境も分かりにくいでしょうか。

・○・○・○・銀・銀・銀・銀・灰・灰・灰・
・○・○・○・銀・銀・銀・銀・灰・灰・灰・
・○・○・○・銀・銀・銀・銀・灰・灰・灰・
・○・○・○・○・銀・銀・灰・灰・灰・灰・
・○・○・○・○・○・灰・灰・灰・灰・灰・
・○・○・○・○・○・灰・灰・灰・灰・灰・
・黄・黄・黄・黄・○・灰・灰・灰・灰・灰・
・黄・黄・黄・黄・○・灰・灰・灰・灰・灰・
・黄・黄・黄・黄・黄・暗・暗・暗・暗・暗・
・○・黄・黄・黄・黄・暗・暗・暗・暗・暗・
・○・黄・黄・黄・黄・暗・暗・暗・暗・暗・
・○・○・黄・黄・黄・暗・暗・暗・暗・○・

2日目(2000/08/16、写真sedaka02)

中央奥の卵が前夜の内にハッチアウトして3パッチに。
左手前の緑は産卵後丸1日ですが、前日から僅かしか色が
変化していないのがお分かり頂けるでしょうか。

・○・○・○・×・×・×・×・銀・銀・銀・
・○・○・○・×・×・×・×・銀・銀・銀・
・○・○・○・×・×・×・×・銀・銀・銀・
・○・○・○・○・×・×・銀・銀・銀・銀・
・○・○・○・○・○・銀・銀・銀・銀・銀・
・○・○・○・○・○・銀・銀・銀・銀・銀・
・緑・緑・緑・○・○・銀・銀・銀・銀・銀・
・緑・緑・緑・緑・○・銀・銀・銀・銀・銀・
・緑・緑・緑・緑・緑・灰・灰・灰・灰・灰・
・○・緑・緑・緑・緑・灰・灰・灰・灰・灰・
・○・緑・緑・緑・緑・灰・灰・灰・灰・灰・
・○・○・緑・緑・緑・灰・灰・灰・灰・○・

3日目(2000/08/17、写真sedaka03)

前夜に、右奥の卵がハッチアウトすると共に、この日の早朝に左奥に
新しい卵が産みつけられて、都合3パッチ。
左手前の卵塊は前日から一挙に色を変えました。

・○・○・黄・○・○・○・○・×・×・×・
・○・黄・黄・○・○・○・○・×・×・×・
・○・黄・黄・○・○・○・○・×・×・×・
・○・黄・黄・○・○・○・×・×・×・×・
・黄・黄・黄・○・○・×・×・×・×・×・
・黄・黄・黄・○・○・×・×・×・×・×・
・暗・暗・暗・○・○・×・×・×・×・×・
・暗・暗・暗・暗・○・×・×・×・×・×・
・暗・暗・暗・暗・暗・銀・銀・銀・銀・銀・
・○・暗・暗・暗・暗・銀・銀・銀・銀・銀・
・○・暗・暗・暗・暗・銀・銀・銀・銀・銀・
・○・○・暗・暗・暗・銀・銀・銀・銀・○・

4日目(2000/08/18、写真sedaka04)

右手前の卵が前夜にハッチアウト。
この日は産卵が無かったので、2パッチに

・○・○・緑・○・○・○・○・○・○・○・
・○・緑・緑・○・○・○・○・○・○・○・
・○・緑・緑・○・○・○・○・○・○・○・
・○・緑・緑・○・○・○・○・○・○・○・
・緑・緑・緑・○・○・○・○・○・○・○・
・緑・緑・緑・○・○・○・○・○・○・○・
・灰・灰・灰・○・○・○・○・○・○・○・
・灰・灰・灰・灰・○・○・○・○・○・○・
・灰・灰・灰・灰・灰・×・×・×・×・×・
・×・灰・灰・灰・灰・×・×・×・×・×・
・×・灰・灰・灰・灰・×・×・×・×・×・
・○・○・灰・灰・灰・×・×・×・×・○・

5日目(2000/08/19、写真sedaka05)

中央奥に新しく産卵。3パッチに。1日目早朝に産み付けられた左手前
の卵塊は目玉ギョロギョロの銀色になって来ました。

・○・暗・暗・黄・黄・黄・黄・黄・○・○・
・○・暗・暗・黄・黄・黄・黄・○・○・○・
・○・暗・暗・黄・黄・黄・○・○・○・○・
・○・暗・暗・黄・黄・黄・○・○・○・○・
・暗・暗・暗・黄・黄・○・○・○・○・○・
・暗・暗・暗・黄・○・○・○・○・○・○・
・銀・銀・銀・○・○・○・○・○・○・○・
・銀・銀・銀・銀・○・○・○・○・○・○・
・銀・銀・銀・銀・銀・○・○・○・○・○・
・○・銀・銀・銀・銀・○・○・○・○・○・
・○・銀・銀・銀・銀・○・○・○・○・○・
・○・○・銀・銀・銀・○・○・○・○・○・

6日目(2000/08/20、写真sedaka06)

観察初日(8月15日)の朝に産み付けられた左手前の卵が遂に前夜に
ハッチアウト。再び2パッチに

・○・灰・灰・緑・緑・緑・緑・緑・○・○・
・○・灰・灰・緑・緑・緑・緑・○・○・○・
・○・灰・灰・緑・緑・緑・○・○・○・○・
・○・灰・灰・緑・緑・緑・○・○・○・○・
・灰・灰・灰・緑・緑・○・○・○・○・○・
・灰・灰・灰・緑・○・○・○・○・○・○・
・×・×・×・○・○・○・○・○・○・○・
・×・×・×・×・○・○・○・○・○・○・
・×・×・×・×・×・○・○・○・○・○・
・○・×・×・×・×・○・○・○・○・○・
・○・×・×・×・×・○・○・○・○・○・
・○・○・×・×・×・○・○・○・○・○・

という具合です。

 なお、この観察中、
 「卵を保護しているセダカのオスが卵を食べることがあるのかな」
というのも注意してみて見ました。卵の傍で口をパクパクしている事
はしばしばありました。が、日々の写真を見てみると、卵塊の形は産
卵からハッチアウトまでほとんど変わっていないので、パクパク動作
は卵に単に水を送っていたものと思われます。

 2001年の夏も同様に撮影しながら卵塊の様子を追いましたが、
同じ傾向がみられました。
 ただし、その延べ5箇所の内、時計回り(右回り)で安定していた
のは4箇所で、明らかにそうではないのが1箇所でした。観察対象の産
卵床数は非常に少ないのです。

 「明らかにそうでない」場所では、卵は飛び地で産み付けられる事
はあるは、左回りする事はあるはで、かなりでたらめなパターンなの
でした。ただし、そこは岩面の凹凸がかなり多く、安定して産卵出来
る面積が小さいので、「隣隣へと右回り」の自由度が無いようにも見
えました。

 昨夏は3箇所で産卵を継続観察していましたが、その内2箇所は安定
して右回り、一箇所が上のでたらめ産卵でした。
 ところが、安定して右回りと思える2箇所でも産卵パターンが突如乱
れることがあったのです。
 一箇所では、ある日覗くと、突如左回りになっていたのです。僕は
週末にしか潜れないので、ウィークデーの間にどのような産卵パターン
で回転方向がひっくり返ったのか分かりませんでした。
そして、もう一箇所では、突如飛び地の卵塊が現れたのです。

 それは、それぞれ9月に入ってからの現象であり、それぞれ、その現
象が見られた翌週には産卵が終了していました。繁殖期末期には頭の中
の設計図に狂いが生じるのかなと不思議に思ったものでした。

【最後に】
さて、始めに挙げた「セダカの規則」

 1)産卵はもっとも新しい卵の隣へ

  これは、卵が誕生日の異なる卵が次々ハッチアウトしていっても
  岩面の卵塊は常に一かたまりになるようにするセダカの知恵なの
  だろうと思います。つまり、飛び地の卵塊を作らずに、常に最小
  面積に卵塊を固めることで、保護をするオスの移動面積を最小に
  しているのではないかなと考えるのです。
  しかし、他にも理由は考えられないのでしょうか?

 2)卵塊は産卵床を右回り

  これは何故なのか全く分かりません。僕が見てきた限りでは、
  岩面を時計回りに卵が産み付けられるケースが7〜8割です。
  果たしてこれは一般的なことなのでしょうか? 
  それとも単なる偶然に過ぎないのでしょうか? 

 各地での様子をお聞かせ願えれば幸いです。宜しくお願いします。

事務局より

実に面白いレポートですね。卵の色を見るだけで、何時産み出された
ものかが水中で判断できるのですね。早朝や夕方に観察できないのは
なんとも歯がゆいことだと思います。全てが右回りというわけでなく、
別の観察例も紹介されている点も優れていると思います。
 セダカスズメダイは、現在、大阪市立大におられる幸田正典氏によ
る枕崎での研究が有名です。早朝に産卵する意義については、氏が、
「魚類の繁殖行動」(東海大学出版会)の中に紹介しています。枕崎
では、死サンゴや転石の天井部を産卵床にする例が多く、やはり、
新しいクラッチの側に産んでいくそうです。ずいぶん昔の話で、方向
性はどうだったか、古いデータに当たる時間はないとのことでした。
 なぜ、新しいクラッチの側に産んでいくのか?他の場所でも右回り
が多いのでしょうか?皆さんはどう考えますか?実は、幸田さんや
クロソラスズメダイを調べた狩野賢司さんからも多くのコメントを頂
いています。いっぺんに出してしまうと謎解きの面白さがなくなるの
で、追々、紹介します。

 尚、クラッチの位置変化はドローソフトで作ってみていますが、
出来次第、交換を考えています。また、写真も少し減らすかも知れま
せん。ともあれ、少し重いとは思いますが、最初は全てのデータを
ご覧になって下さい。

 では、掲示板でお待ちしています。

産卵基質:卵を産み付ける基質。岩、死サンゴ、海藻など
産卵床(産卵巣、ネストともいう):卵を産み付ける場所(空間)。
岩の窪み、 死サンゴの天井部など。保護をする個体が掃除をする
こともある。
卵塊(クラッチともいう):あるメスが一回に産んだ卵全体のこと