LET'S STUDYING-4.セダカを考える−4

セダカスズメダイが僕たちの頭を楽しく悩ますこと

 一応、最終回です。途中で書くと、紛らわしくなると
思って控えていたことなどを紹介します。自分自身、こ
こまで長くなるとは思っていませんでした。石田さんの
先入観のない自然な観察姿勢に動かされたと言っても良
いでしょう。この場は、ある現象を捉えたことから、何
が引き出せるか、継続した地道な観察が何を訴えるかを
皆で体感する場所だろうと僕は思っています。

 ややこしい話が多いとか、こんなレポートが出たら、
次に出すのが気が引けるとか言う向きもあるだろうと思
います。
 でも、こういう、謎に迫る過程と意見交換があって初
めて、面白さが実感できるのではないでしょうか?ここ
は、学会でも大学でもありませんが、不思議に迫る根っ
こは同じはずです。そう思って進めているので、決して、
ガチガチ頭の集まりだとは思わないで下さいね。
 素朴な疑問から全てが始まると思います。そして、
それを解くのは無償の根気と意見交換です。この楽しみ
を享受できるのは、生き物を目の前にしている人達です。

4.右回りが多数派、では少数派は?

 突然、反対周りになったり、飛び地が出来たりする・
これはメスの個体差なのでしょうか?それとも何か攪乱
が産卵床で生じたのでしょうか?
 石田さんの観察記録では、ある日反対周りになったり、
クラッチの飛び地が出来たりしたことがあるそうです。 

    

    8/D+1    8/D食卵あり    8/D

 石田さんの観察された例と講師のコメントから考えた
ものです。クラッチの内、新しい方をオスが喰った場合、
翌日、早朝に別のメスが産む場所は2通り以上あり、
残ったクラッチの隣りに産んだとしても方向が逆転して
いく可能性があります。

 また、飛び地になるケースも考えてみたのですが、今
はその原因が全く分かりません。

 飛び地になったクラッチをオスは余り守ろうとしない
で、喰ってしまうことも考えられますが、これもデータ
を増やす必要がありますね。何も石田さんにこれから調
べろと言っているわけではありません。でも知りたいな。
 分散したクラッチと集約されたクラッチでオスの保護
コストがどれくらい違うかは、謎ですね。ただし、この
コストという奴は、安易に口にされがちですが、成長速
度、肥満度、寿命など、計るのが難しいものです。 

 コストについては、「コンコルドの過ち」という表現
もあります。英仏が共同開発した超音速旅客機で、今も
就航しています。これを途中で、開発を断念するかどう
か紛糾したそうです。結局開発を続行したのですが、
その理由は、これまで開発費をかけたのだからもったい
ないということだったそうです。

 桑村哲生さんが書いた「魚類の子育てと社会」という
本、是非、読んで欲しいのですが、この中に紹介されて
います。これまでいくらコストを掛けたからと言って、
そのまま、保護を引き継ぐよりも、捨てて、次の卵を育
てる方が得な場合もある。利得と損失のトレードオフが
ある場合、その場だけでなく、先の時間も含めた差引勘
定が大事だと言うことです。

 これは最新の研究ですが、メスの腹の中に色素を注入
し、卵を生体染色する方法を用いて淡水のハゼ類の産卵
を調べたそうです。この方法を使えば、どのメスが産ん
だ卵か直ぐに分かります。すると、あちこちに分散して
産むことがあるそうです。メスは色まで判断できないか
も知れませんが、人が勝手に染色した卵の色は、保護オ
スやその他の個体にとってどんな影響を与えるのか?
今後の課題だと思います。

 色んな駆け引きがあるのでしょう。これとは別に、食
卵がよく起こるとされるある磯魚の仲間で(若い人が研
究中です)、ある種だけに食卵が見られないと言うこと
があるそうです。その魚はベントス食ではなく、魚食者
なのです。

 また、卵を食べるのはオスだけはありません。アイナ
メ類では、卵を産みに来たメスがすでに産み付けられて
いるクラッチを盗み喰うこともあるそうです。
 また、分かれば紹介しましょう。

 最後に、「ティンバーゲンの4つの問い」について

 有名な動物行動学者である、ティンバーゲン博士は、
「何故、ホシムクドリは春にさえずるようになるのか
?」という問いに対し、次のように4つの答えが考え
られると言いました。

1)春になると日長が長くなり、その変化を感じ取っ
 てホルモンが分泌される或いは、鳴管を空気が通過
 して声帯膜を震わせる
2)メスを引きつけるためにさえずる
3)親や仲間からさえづり方を学習した
4)祖先の単純な鳴き方をそれぞれの種が進化させて
 きた結果

1)は行動の直接的な原因を答えています。 
2)は行動の意義を答えています。
3)は行動の発達の観点から答えています。
4)は行動の進化の観点から答えています。
 1)と2)はメカニズム、3)と4)はプロセスで
もあります。

 これらの内、よく混乱が起きるのは、1)と2)で、
どちらも間違いではなく、問いの意味の捉え方が異
なっているために、一つの問いに対し、複数の解があ
ります。1)がHow?、2)が Why? と言い換えても
良いでしょう。

 セダカスズメダイのメスが、複数のクラッチの内、
単に鮮やかな黄色に刺激され、その隣に産むとします
この色に解発されているのなら、その卵の色が至近要
因なのでしょう。そして、そこに産み付けられた卵の
生残率が高くなるのなら、そのことが究極要因、つま
り適応度の高い行動なのだと考えられます。

 桑村哲生さんが日本動物行動学会のニューズレター
(39号)にこういうことを書いておられます。
「究極の究極要因とは適応度に決まっています。答え
が分かっているなら、Why?と問うても仕方がない?
いや、もちろんそうではなく、究極要因を探るとは適
応度を探る具体的なプロセスとメカニズムを合理的に
説明すると言うことに他なりません」

 つまり、生物の生活の様々な側面を色々な方から見
ていかないと、「生命の意味」は解けないと言うこと
でしょう。

 これをまとめているときに、丁度、鈴木先生から
メールが届きました。この問題と同じ内容を扱ってい
るので紹介し、「セダカを考える」を終わります。
ただし、フォーラムは続けます。



 新潮社の月刊PR誌『波』に毎号、日高敏隆さんが
「猫の目草」という随筆を連載しています。よく練ら
れた、ちょっと書けない、内容の濃い文章です。

 さっき届いた、その3月号は「ハエの群飛とかって
の科学」というタイトルで、中味は要するに、ハエや
蚊の柱が立つのは、かっては、ハエが互いの羽音に引
かれて集まり、そこから抜け出せないんだと説明され
ていたが、ういう一見「科学的」な説明は、生きもの
のやっていることを物理学的に説明することこそ科学
だと信じられていた時代の産物だと。

 そうではなくて、ハエの群飛は小さなメスと小さな
オスが、広い空間のうちに互いの出会いの確率を高め
るためのものであるらしい・・。羽音とかの物理現象
もからんでいるのは確かでも、何のために群飛するの
かという問いがなければ群飛という現象の説明になら
ないのだ。

 かって、科学とはものごとの物理、化学的説明だと
考えられていた。今もなおそう思っている人が大部分
である。ヒマラヤ山脈がどうしてできたのかを理解す
るにはそれで足りる。けれども、生きものに関しては
そうではない。なぜ、何のためにを問わなければ、
われわれは「科学的説明」にはぐらかされるばかりで
ある。
・・と。

 いい文章だなあと感心したのと、まさに同感と嬉し
かったのと、余吾さんのお仕事との関わりの根っこが
ここにもあるとお知らせしたかったのとで、ちょっと
長かったようですが、引用にかこつけて、こう、メー
ルを(エールも)送ります。   鈴木克美


参考文献
狩野賢司 1996 魚類における性淘汰 桑村哲生・
 中嶋康裕共編「魚類の繁殖戦略-1」、78-129、
 海游舎
幸田正典 1989 なわばり性スズメダイ類の産卵活
 動の日周期性。後藤 晃・前川光司編「魚類の繁殖
 行動」、120-128、 
 東海大学出版会
桑村哲生 1988「魚の子育てと社会」海鳴社 
宗原弘幸 2001 アイナメ類の嫁取りと子育て。
 尼岡邦夫編著「魚のエピソード」、151-168、
 北海道大学
フォーラム