FIELD REPORT 004
産む年、産まぬ年 - 富戸のクマノミ    石田 根吉


 富戸の海は、かつて「クマノミの越冬・産卵の北限地」と言われていました。様々なダイビング・エリアが開発され、ダイバーの観察の眼が広がった今では、もっと北の海でも越冬・産卵が確認されているかもしれませんが、南国生まれの彼らにとって富戸の海が豊かなオアシスである事に変わりはないでしょう。

 富戸では、クマノミは水深15mまでの岩場のイソギンチャクを住処としています。最も深い所で水深20mの砂地の漁礁です。そして宿主はほとんどがサンゴイソギンチャクです。


 さて、「クマノミガイドブック」(TBSブリタニカ刊;余吾さん、宣伝しておきますよ〜)を読んでいると、次の様な記述がありました。

 「伊豆半島も水温が13℃以下になることはめったにないが、クマ
  ノミが毎年産卵するとは限らない」
 「越冬できるかどうかは、『水温が何度まで低下したか』というレ
  ベルの問題だけでなく、低水温が継続した期間も重要な影響を与
  える」

 確かに、クマノミの産卵が盛んな時とさっぱり見られない時が年によってまちまちであるのは僕も気付いていました(盛んな時は、僕が気付いた限りで3〜5箇所で複数回(3回程度)の産卵が繰り広げられました)。でも、年間を通しての水温という視点で見た事はありませんでした。

 そこで、1995年以降の冬季の水温とその継続期間、更に、産卵期を控えた6月・7月の水温をまとめてみました。次いで、その年に僕が観察した限りでのクマノミの産卵の様子を添えました(あくまでも僕の記憶と印象です)。

 水温は僕のダイビング・コンピューター(スント社・ソリューション)の計測に過ぎません。水深7〜8m以深で10分以上経過した時点での観測値です。
それも、毎回キッチリ厳密に測定しているわけではなく、エントリー後
10分ほどしてダイビング・コンピューターを見て記録という程度です。


春季水温 夏季水温 クマノミの産卵
1995 13℃;なし
14℃;2/18-4/16 (10週間)
6月;18-20℃
7月;18-20℃
ヨコバマのイソギンチャク畑の
あちこちで盛んに産卵
1996 13℃;2/04-4/21 (11週間
14℃;1/13-4/29 (15週間
6月;17-20℃
7月;18-22℃
4月までに全てのクマノミが死滅
1997 13℃;2/22-3/15 (3週間)
14℃;1/26-3/21 (8週間)
6月;18-20℃
7月;14-21℃
前年漂着のクマノミが越冬
したが、産卵には至らず
1998 13℃;なし
14℃;2/07-2/11 (1週間)
6月;18-21℃
7月;20-23℃
十分大きく成長したカップルも
居るが、産卵には至らず
1999 13℃;なし
14℃;2/06-2/21 (2週間)
6月;17-20℃
7月;18-22℃
ひそやかに産卵が始まる
(10月中旬にも産卵があった)
2000 13℃;なし
14℃;2/05-5/03 (13週間
6月;19-21℃
7月;18-22℃
ヨコバマでも脇の浜でも
かなり盛んに産卵
2001 13℃;3/10-3/17 (1週間)
14℃;2/24-4/08 (6週間)
6月;18-21℃
7月;18-22℃
脇の浜でひっそり産卵
ヨコバマでは観察出来ず
2002 13℃;2/11-2/21(6週間)
14℃;1/12-3/31(11週間)

 この表から春季の水温とその年のクマノミの産卵状況だけを抜き出して以下に図示してみました。

水温 1月 2月 3月 4月 5月

クマノミ
産卵
1995 13℃                                    
14℃                                    
1996 13℃                                     ×
14℃                                    
1997 13℃                                     ×
14℃                                    
1998 13℃                                     ×
14℃                                    
1999 13℃                                    
14℃                                    
2000 13℃                                    
14℃                                    
2001 13℃                                    
14℃                                    
2002 13℃                                    
14℃                                    

1995年、ヨコバマのイソギンチャク畑では僕でも見つけられる位、あちこちでクマノミたちは産卵しており、「来年はもっとしっかり観察しよ
う」との思いを新たにしました。
ところが、1996年、13℃の水温が11週間、14℃以下が15週間続き、富戸のクマノミは全て死滅してしまいました。夏には新たな幼魚が漂着しましたが、勿論産卵するまでに成長はしませんでした。
翌1997年、越冬したクマノミも数匹いました。が、成長がまだ足りなかったのか(確かに体長はまだ不十分印思えました)、或いは、7月の異常冷水塊(14℃!)の居座りが影響したのか産卵には至らず。
1998年。春季の水温は例年より高く、夏季の水温も例年並。完全に性転換した雌雄成魚も居たため、きっと産卵が見られると期待したのですが、あえなく挫折。
1999年。この年の冬も水温は高めに推移しました。それが幸いしたのか、越冬を繰り返してきたクマノミが漸く産卵開始。でも、往時を知る者にとってはまだ「ヒッソリ」という感じでした。
2000年。14℃の水温が久しぶりに長期に及びました。が、夏には久々にあちこちで産卵がバンバン見られたのです。
2001年。13℃の水温が1週だけ観測されたものの、総じて春は前年より暖かめ。なのに、産卵はかなり低調になってしまいました。

 
 何と言っても、1996年春の異常低水温が、越冬を繰り返してきたクマノミ達に決定的な影響を与えました。そして、そのダメージから立ち直るのに3年の年月を要したのです。(3歳にならないと産卵しないというのは遅すぎる気がするので、1999年に産卵し始めたクマノミは1996年よりかなり後になって漂着した個体かもしれません)

 さて、2000年は14℃の春の低水温期がかなり長かったにもかかわらず産卵は絶好調でした。一方で、2001年は低水温期間が短かったにもかかわらず産卵は低調でした。7月前半に居座っていた深場の17〜18℃の冷水塊の影響も考えられますが、ヨコバマのイソギンチャク畑(水深10m程度)には大した影響は無かったのではないかと思うのですが・・。

 1995年以降の以上の変化を見て唯一言えるのは

 「クマノミの産卵が盛んな年の春には13℃の低水温が一度も観
  測されていない」

という事です。でも、2001年なんて13℃と言っても僅か1週だけです。
 また、この13℃の法則が本当ならば、その水温が久々に6週間も続いた今年はクマノミの産卵はさっぱりという事になります。

 さてさて、本当のところはどうなのでしょう。更なる長期の定点観測が必要となりますね。まだまだ引退などできません。
事務局より
 ちょっと今までのとは毛色の異なるレポートですね。この水温記録は、毎日連続して測定されたものではありません。従って、ここでは、制限されたデータとの関連づけなのです。実は、これをお伝えしてから、石田さんは色んな官庁に当たって水温記録を手に入れようとしました。今も、手応えのある役所と交渉中です。僕の方でも海洋公園に照会しましたが、測定はしているが記録の保管が内という残念な返事でした。沿岸の海洋観測は大事なことで、今後、漁業者やダイヴィング関係団体でも検討すべきことでしょう。
 ともかく、こういうレポートが出来るのは、石田さんがいかに良く記録を整理しているかと言うことでしょう。もっと精度の高い水温記録が入手できれば、また、整理し直してみましょう。

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