WEB SEMINARの新シリーズです。「和名を考える」編を連載します。
 次のような順序(予定)で進めたいと思いますので、お付き合いください。
はじめに

1)和名を付ける過程−1
2)和名を付ける過程−2
3)和名の問題
 −1 ・和名とは?
    ・混乱は今に始まったことじゃない
    ・フォーラム
 −2 今ある問題
 −3 今後に向けて
4)分類と採集
5)関連記事
 −1 キヌバリの地方変異
関係BBS:756,759,767 
 BBSでキヌバリの地方変異のことが話題に出ました。
これはかなり昔から注目されていたことですので、古い文献紹介も兼ねて紹介します。

Fig. 2 キヌバリの變化性を示す(原文のまま)
        a. Gunther (1891) より
        b. 著者の原図とおもわれる
        c. Jordan and Snyder (1901) より

田中茂穂 1928
「同種か別種かを鑑別する標準」動物學雑誌40巻481號
(昭和3年)です。 
この論文の中の、.地方的變化より一部、抜粋します。

ちなみにその目次を書くと、

氈@緒言
 分類学の現状と分類学者の位置
。 動植物の變化性
「 變化性の種類
」 個體的変化
、 地方的變化
・ 年齢による變化
ヲ 雌雄による變化
ァ 畸形、萎縮形、病態
ィ 産卵の前後(肥痩)
ゥ 雑種その他
ェ 測定法標準の不完全
ォ 梗概及結論

「Fig. 2 のa は、Pterogobius elapoides で、1891年にGuntherの発表したもので、その当時の記載には日本のある海岸に居るのであろうと書き添えてあるが、何処に産するとの明記はない。Fig.2のcは、Pterogobius daimio で、Jordan とSnyder共著で1901年に発表したもので、その当時には相州三崎と紀州の和歌の浦に産すと書き添えてある。私が色々と材料を集めてみると凡そ次の様になる。
 elapoides form? 陸中(多分陸中に産すると思う。今俄に旧記録よりこの地方を捜すことが出来ない);越後岩船郡粟島;長崎;肥後国天草佐伊津;豊前中津 
 daimio form? 房州高の島、相州三崎;志摩国答志島桃取;紀州;淡路福良;淡路洲本
(皆さん、場所はピンときますか?)

・・・然し、三崎からのdaimioの沢山の標品を見ると第七番目の横帯と思はるるものが極めて微かに見えないでもないが、先ず第七帯はないと言ってよかろう。さらに驚くのはFig.2 のbのようなものが周防国熊毛郡牛島から沢山にでる。これでは第七横帯が途中で切れて二つになっていることで、斯様なものは淡路洲本や神戸付近からも出る。それで淡路洲本ではdaimioという型とFig.2 のbの図に書いたのが出るわけである。かって洲本で見た標品の中には第七帯の型の違ったのも、見たことがあるし、また、同一標品で体側で第七帯の型の違ったのも、見たことがある。これで見るとelapoidesdaimioも同一種のものであることがわかるし、個体的変化を多少帯びた地方的変化の好例である。

 ・・・この魚は越後粟島でギョウセン、洲本でユビキリ、福良でソコナデという。三崎では青木熊吉君の発案でキヌバリと言う。絹を張ったように美しいという意味である。
 この魚の第七横帯があるかないか、あるにしてもFig. 2.のbにあるように二つに切れているか、二短線中、一つが無くなって、上部の一短線のみ残っているか、これ等を注意していてご報告に預かりたいのである」

(嗚呼、先生・・・
 今のダイヴァーの熱き視線を想像し得たでしょうか?)



鈴木克美先生より情報提供です。

「瀬戸内海のキヌバリは尾柄の(最後の)縞が上半分だけつまり、太平洋側と日本海側との中間型なのですが数年前に、三重県志摩半島の内湾で採集されたキヌバリも瀬戸内海タイプでした」とのことです。

これから、キヌバリの姿を見る日も多くなるでしょう。日本海側は7本、太平洋側は6本と決めつけずに、ちょっと立ち止まって、指を折りましょうか。発育中に、第七横帯は消えたり、切れたり、短くなったりするのでしょうかね?

 まだ、続きますが、今日はここまで。5/10/02



続きです。5/11/02

 図鑑を見ていましたが、キヌバリ、チャガラ、リュウグウハゼってよく似ていますね。特に、チャガラとキヌバリは、線画だけだと変異かな?あれっ?でも、生態となると違いますよね。

 ちょっと、脇道へ。地方変異で、繁殖の時に混じり合わなければ、
その違いが、地域ごとに保持されるので、亜種という扱いを受けますね。特に、一生、川で暮らす淡水魚は、自然状態では混じり合う可能性がほとんど考えられないので、線引きがされます。例を挙げると、イワナ類がそうですね。ゴギだとか、ニッコウイワナだとか。

 ところが、海で一生、生活する魚の場合、個体の形質が環境要因によって少しずつ変わることがあります。例えば、マイワシの脊椎骨数は産卵場の水温が低いほど、多くなる傾向があります。ところが、成長するにつけて、この魚は大回遊します。色んな場所で生まれたイワシが混ざるのですね。この場合、脊椎骨数が少ないとか多いとかで亜種に分けたりはしません。系群と呼びます。つまり、本籍地で分けるのです。「薩摩黒豚」と銘打って市場に出廻っているのは、鹿児島県で飼育されている黒豚の何倍もあるとか・・お寒いですね。

 一方、海藻です。海藻を分類するときには、ほとんどが細胞の構造を目安にします。魚のように体が平たいとか太いとか、色彩がどうだとか言うことは、ごく簡単な目安にする事はあっても、決め手にはなりません。まあ、魚と違って、臭いだとか(キュウリウオなどは例外です)、手触りだとか、咬み応えだとかという特殊な手段もあるのは確かですが。

 環境によって、海藻は姿を変えます。これを生活型と言います。身近な例では、生い茂ったところのカジメは茎が長く、上へ上へ光を求めて伸びます。また、潮が速いところでは、混んでいても、背を高くすると折れてしまうので、横に葉を茂らせます。目に訴える海藻のガイドブックは魚より数段、難しいでしょうね。

11/19/02 
相当に間が空きましたが、キヌバリの写真が御所さんより届
きましたので、紹介します。

油壺のキヌバリ − 御所真一郎 − 

 今回の油壺調査のデータがやっと戻って参りました。
通常の太平洋型と、以前お知らせした横帯が中断した個体の写真
を下に挙げています。


 ごく普通に見られる太平洋型のキヌバリである。
    全長約8cm(KPM-NR0063539A)。

全長は約6〜7cmで幼魚であるが尾柄部の黒色横帯が
交互に分かれているように見える(KPM-NR0063566A)。


撮影場所:神奈川県三浦市三崎町小網代1024 
     東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所
     桟橋前
撮影日時:2002年5月2日 13:30ごろ
水 深:約3m、水 温:18.2℃

この時期、油壺湾も水温が上昇してきておりこの地域に生
息する魚類相の稚魚が多く見られる。チャガラやホシノハゼ
の稚魚は群れをなしている。キヌバリも多く見られ、尾柄部
の黒色横帯が交互に分離したキヌバリを撮影した。

幼魚なので成魚に成長したとき繋がるものなのか、このまま
なのかは現時点では不明。分離したまま成長すると日本海型
となる可能性あり?

事務局より:この段階では日本海型、瀬戸内海型、太平洋型
のいずれでもありません。中断している2本がそのまま伸び
ると日本海型、前が伸び、後ろがそのままならば瀬戸内型、
前が伸びて後ろが消えると太平洋型・・・・ウーン、どうな
るのでしょうかね。
 来年の春は他の場所からも情報が欲しいですね。



11/20/02 関連BBS 1264
 さて、石田さんからキヌバリに関連してチャガラの写真が
届きました。体の右側と左側で斑紋が異なる例です。

右側 01/01/02 富戸・脇の浜、砂地の漁礁、水深8m
水温16℃、全長3〜4cm

左側 01/14/02 富戸・脇の浜、砂地の漁礁、水深8m
水温14℃、全長3〜4cm

右半身は6本ラインですが、左半身は、尾柄部近くの6本目が
真ん中で切れています。偶然かも知れませんが、今回ご紹介の
油壺の6.5本ラインの個体の写真も左半身ですよね。この個
体の右半身が見てみたいなと思ったのでした。(今回送付の写
真は撮影日が異なりますが、01/01/02撮影の写真でも左半身
はラインが切れていました)

事務局より:キヌバリは6番目の上半分、7番目の下半分がな
いようにも思え、6番目が中断しているようにも思えます
これに対し、チャガラは6番目が中断していますね。