AUNJ-WORKSHOP

ワークショップ01「ホヤの世界」

1.サルパとは?
2.
オタマボヤとは?

 採集記を追加 09/07/04

このコーナーは、みんなで作り上げていく新しいコーナーです。記事を書くのも監修する人もみんなです。間違っても構いません。少しずつ、ホヤという生き物に迫っていきましょう。

1.「サルパという生き物」

 とっかかりは、足立なつきさんのBBS(665)です。
 これに余吾がにわか勉強で、サルパとは?と応え(669)、続いて、石田根吉さんが観察談を披露してくれました(673)。

 まず、サルパとは一体どんな姿をしているのか?石田さんの
写真を拝見しましょう。
 春から夏へのこの季節、富戸に北東の風が吹くとクラゲやサルパが大挙押し寄せます。普段目にする事の少ない生き物を楽しめるのは嬉しいのですが、そんな時はうねりも強く砂も舞い上がり、長時間の観察はちょっと気持ちが悪くなってきます。これは2001年5月5日の富戸の海です(水深7m、水温16℃、透視度12m)

 普通は数十の連鎖個虫が繋がっているサルパも、魚に突付かれたりしてこの様に短くなってしまう事があります。白く輝いているのは胃腸に当たる部分だそうです。

 同じ種類のサルパでこんな連鎖個虫がいました。矢印で示した部の体内に白いものが見えます。はじめの写真では見ることの出来ない部分です。これが体内に発生した受精卵と思われます。

 更にこんな連鎖個虫もいます。体内の子供が成長し、はっきりとサルパと分かる形になっています。親達が体を収縮させて水を体内に流すのに合わせるかの様に子供達も膨れたりしぼんだりを繰り返しています。

 子供の大きさはこれ位が最大のようで、この後、親の体壁を突き破って単独個体として泳ぎ出します。親達は体に大穴を開けながらもヨタヨタと波間に揺られているのでした。



 次にBBSの要約をここにもう一度、出しましょう。

(669)
サルパ類は、脊索動物門、タリア綱に属し、浮遊生活をします。
いわば、浮遊するホヤの成体とも言えます。世代交代をするのが
動物としては特異で、受精卵は親の体の中で栄養補給を受けながら
成長して(胎生)卵生個虫に育ちます。この個虫は出芽(無性生殖)して沢山の芽生個虫を作り、これらは鎖状あるいは車輪状に集合し(連鎖個虫)卵生個虫から遊離して、集合したまま漂うそうです。
(671)
本によると、無性世代の連鎖個虫と有性世代のとは違う形であるような事を書いてあるのすが、今一つよく分かりません。それには幾つかの原因があります。

まず、たった一匹単独で漂っているサルパが居てもそれが単独個虫とは限らないと言う事です。サルパが沿岸に押し寄せた時、幾つかの魚達がそれを餌にしようと齧り付きます。すると、連鎖は簡単に切れて短くなったり、ある場合はバラバラになってしまいます。だから、一匹だけのサルパを見ても、それが有性生殖によって産まれ出た単独個虫なのか、ちぎれた連鎖個虫なのかが分からないのです。

更に、岸向きの風が吹いた時には、それこそ様々な種類のサルパが押し寄せます。だから、仮に単独個虫を見つけても、それが一体何の種類の連鎖個虫から産まれ出たものなのかが想像も付かないのです。

>> 受精(有性生殖)はどういう風に起こるのか?

これは僕も大変興味があるのですが、残念ながら海の中でそんなミクロな事を観察する事は出来ません。ただ、面白い事があります。

連鎖個虫のサルパは自分の体内で受精卵を育てます。これは、よく見ると肉眼でも容易に見つける事ができます。親個虫と同じ様に小さな子供サルパが親の体内でプハーップハーッと膨れたりしぼんだりしているのです。
この子供サルパ、連鎖個虫のすべての個体内で同じ様に成長していくのです。

だから、連鎖個虫の中のある個体の子供がまだ小さな小さな段階だとしたら、それと繋がったすべての個体の中に同様に小さな小さな子供が居るのです。逆に、ある個体の中の子供がかなり大きく育っている場合には、それと繋がったすべての個体の子供が同様に大きいのです。

つまり、連鎖個虫はそれぞれが独立した個体であるとは言え、同じタイミングで受精して子供を育て始めるんだろうと思われます。さすが、クローンのなせる技と言う所でしょうか。サルパは、それぞれその繋がった連結器を通じて情報の交換をしているそうなので、それを利用して受精のタイミングを計っているのかもしれません。

もう一つ疑問なのは、サルパの性別です。サルパは雌雄同体で、個体の中に精子と卵を両方持っているそうです。すると、体内で出来る受精卵というのは「自家受精」じゃないのという疑問が生じます。

これについては明快な答えがどの本からも得られませんでした。でも、サルパの親戚筋のホヤに付いてこんなお話を見つけました。いわゆる群体ボヤと呼ばれるような仲間もサルパと同様に有性生殖と無性生殖の世代交代を繰り返すのだそうです。そして有性生殖で受精する際には、自分の精子で受精する事の無い様な仕組みが卵膜にあるのだそうです。何だか凄い事ですよね。



事務局より:聞き慣れない、難しい用語が並びますが、人間が勝手
に付けたもので、サルパの責任ではありません。人間がある生物を
説明しようとする欲から生じた結果で、「こんなややこしいサルパは嫌じゃ」と言うと、サルパも迷惑ですよね。喰って、成長し、生殖する、ただそれだけのことで、そのやり方が皆違う、そのために体の作りも違う。それが、僕らと距離があると言うだけで難しくなる。でも、細胞の中で起こっている化学反応にはそれほど違いがないし、体を作っている材料も、食べ物に含まれる栄養素も特別なものじゃない。でも、なんかとても遠くの生き物のようだ。
 このくらいのスタンスで、サルパという生き物にもう少し、親しくしてみたいですね。
 準備が間に合わず、取り急ぎ、石田さんにおんぶした形でスタートしました。まず、この原索というのは一体なんでしょうか?

2.「オタマボヤとは?」 09/03/04 開始

青いオタマジャクシ          石田根吉

 富戸の海でいつも遊んで貰っている友竹昇さんが、8月に入ってから

 「水面近くに数ミリしかない見慣れぬオタマジャクシが居る。
  真っ青な体をしている!」

と何度も僕に教えて呉れるのです。

 「青いオタマジャクシ? なんじゃそれ?」

と訳が分かりません。そこで、ダイビングのEx前に水面を何度か探したのですが、僕には見つけられませんでした。が、その謎のオタマジャクシの生息地は海岸より50m以上沖合いに出た水面付近の様なのです。そこで、業を煮やした友竹さんが、或る日、そのオタマジャクシを瓶に採取して持って来てくれました。(2004/08/11 午後3時近く 水面温度26℃)

 「どれどれ?」と覗き込んでビックリ。

本当に青いオタマジャクシです。しかも、その青さがとても美しいのです。全長はおよそ4mm程度。

 青い頭(?)から延びた尾っぽをクネクネ打ち振って泳ぐ様も見飽きぬ可愛らしさです。また、頭部の真っ赤な器官も印象的なワンポイントです。

 何人かで額を寄せ合ってあれこれ話し合ってはじめに出たのが

 「ホヤの幼体ではないか?」

と言うものでした。確かにホヤの幼体はオタマジャクシの様な形をしており、その段階では尾索と呼ばれる脊椎に似た構造を一時的に持つという事も知識として知ってはいました。尾っぽの真ん中に通った白い筋はそれを思わせます。でも、実物を見た事がないので何とも言えないのです。ただ、本に出ているホヤの幼生の写真はこんなに美しい姿ではありませんでした。

 そこで、図鑑を調べていると、ホヤやサルパの仲間に「オタマボヤ」という生き物がいることを知りました。ホヤは幼生時にはオタマジャクシの形をしいますが、やがて頭部から岩などに着生して尾はなくなってしまいます。それに対し、オタマボヤは一生この姿で過ごすのだそうです。図鑑で見る姿がどうもこのオタマボヤに似ている気がするのです。しかし、青い色をしていると言うような記述は見つける事が出来ませんでした。

 さてさて、この生き物は本当にオタマボヤなのでしょうか。もしそうならば、その種名まで突き止める事ができるのでしょうか。


事務局より:
この正体を突き止めようと、先の会社でお世話になった名古屋大学の西川輝昭先生にメールで照会しました。西川先生は、「オタマボヤの仲間であることは間違いないが、北大の志賀直信先生に確認して貰ったら良いよ」ということで、北大へ。

即日、志賀先生から、次のコメントを頂きました。

青いオタマボヤの写真拝見しました。私も感激しています。

写真を見る限りでは、尾虫目オタマボヤ科のOikopleura longicauda だと思います。本種は日本周辺では暖流の影響のある水域にもっとも普遍的に出現します。

この写真の紅い部分は消化管(胃)ですが(消化管が紅い個体はたまに見られます)、尾部の筋肉帯がこのように鮮やかな青色をした個体を私は見たことがありません(もっとも、私はホルマリン固定標本ばかりをみているからだと思いますが....)。同じ仲間(浮游性被嚢動物)のウミタル類も鰓が薄青くなっていることがありますが、不思議です。

伊東沖ではこのような鮮やかな個体が多数出現したのでしょうか。興味があります。



ということで正体が分かりました。

しかし、石田さんの疑問はさらに膨らみます。

「ホヤは雌雄同体であるのに対し、オタマボヤは雌雄の別がある(有性生殖)のも大きな差です。こんな小さな体で、さほど生息密度が高いとも思えないのにどうやって繁殖するのでしょう?」

更に「オタマボヤは粘液を分泌してからだの回りに包巣と呼ばれる膜を張るのだそうです(本の記述からすると球形のネットみたいな物に思えます)。そして、その膜をフィルターとして餌(養分)を濾し取っているのだそうです。この膜は非常に脆いものだそうで、事実、今回採取したオタマボヤではそれは見られませんでした。この包巣というのは一体、どういうものなのでしょう?」



僕の持っている蒼洋社の「日本プランクトン図鑑第5巻」では、Oikopleura longicauda は、オナガオタマボヤと言う和名になっています。その図では体幹部(オタマジャクシの頭に当たる部分)に頭巾状の付属物が描いてあります。このことでしょうか?下に書いていますように、包巣は壊れやすいもののようです。それらしい絵がないのも、採集時点ではかなくなっているのかも知れません。頭巾状付属物というのは原基かもね。生きている時、そのままの画像と観察が不可欠でしょう。

少し、図鑑の説明文を引用します。

「外皮は咽頭および消化器官の前部を含む体幹前半部に見られる。外皮はその下にある造巣組織と呼ばれるモザイク状に並んだ表皮細胞から分泌される。ー中略ー外皮は発達して包巣原基となり、原基は古い包巣が捨てられると短時間の内に伸張して新しい包巣となり虫体を包む。包巣は「家」と呼ばれ構造は種類によって多少異なる。食物摂取・定方向運動に必須である。格子窓がつまったり、強い衝撃を受けたりすると脱ぎ捨てられて新しい家を造る。このため、完全な状態の家を採集網で集めることは出来ない」

採集はそっと行わないといけないようですね。

とここまで書いてアップしたところへ、志賀先生からメール。

Oikopleura は通常、球形〜楕円体の薄いゼラチン質構造物 (ハウスと呼んでいます)の中に入っています。動物体がハウスから出てフリーで泳 いでいるか、ハウスの中に留まっているかは、現場での重要な観察ポイントです。もし、群をなして泳いでいるのであれば、生殖行動と思われます。水中で放卵、放精し
て受精します。これまでの数少ない報告では、夕方に海表面に浮上して、産卵するこ とが知られています。ダイビングで現場採集される際、是非その点を観察して下さい。


ウーン、伊豆で潜っている皆さん、頑張って追跡してみて下さい。貴重な潮時かも知れません!!海の状態はどうなのかな?

また、この図鑑では Oikopleura dioica 以外は雌雄同体と書いてありますよ。

海って、本当に変なヤツがうじゃうじゃしてますね。

オタマボヤを見たぞ! 石田根吉 09/07/04

採取は2004年9月4日、富戸ヨコバマ沖約50mの水面です。生息密度はそれ程高いわけではなく、水面に浮かんでジッと目を凝らすと、ヒョロヒョロと尾を打ち振るオタマボヤが視野の中に1〜2匹は入ることがあるという程度でした。泳げども泳げども居ないエリアもあります。

どちらかというと、小さな浮遊物が多い場所の方がよく見られた気がします。それは、それらを隠蔽物として利用できるせいなのか、その様な浮遊物の多い所と言うのは外洋からの流れが入る場所と言う意味なのかは分かりません。

さて、前回の宿題であった包巣です。
よ〜く見ないと分からぬのですが、確かにそれと思われるものがオタマボヤにはありました。この日見たオタマの7割程度はこれを持っていた様に思います。当初は体全体を包み込む大きな球の様な物を想像していたのですが、実際には、

 「全長より少し小さい位のブヨブヨした半透明の玉が体にくっ付いている」

という印象でした。但し、物が小さい上に、透明性が高く、しかもオタマが泳ぎ回るのでよく分かりません。そこで、この包巣ごとジップロックの袋の中に採集しようとしました。ところが、袋の口を大きく開けてオタマを導き入れようとしただけで、この玉はなくなってしまいました。それは、「壊れた」というより「切り離された」という風に見えました。

今回採取した個体の顕微鏡写真をお送りします。前回のものより「赤紫」っぽく見えます。前回のものと色が違うというより、デジカメの設定の違いによる差の方が大きいかもしれません。今回の方が実際に近いでしょうか。

今回特に苦労して撮影したのは、オタマの横顔です。前回の写真だとこいつは棒状の生き物の様に見えますが、実際は平べったくて、「頭部」(?)がトンカチみたいになった構造をしているのです。



事務局より:
石田さんの行動力は凄いな。尾部が縦偏(上から押しつぶしたような感じ)していますね。すると、泳ぐ時は縦に波打つのでしょうか?包巣も見たかったなあ。

この標本は志賀先生の方へ送られ、同定をお願いします。体色の違いはカメラのせいなのかどうか?