LET'S STUDYING - 6(4)
 
 このセミナーは、BBSで話題になっている生物について、
  情報を提供し、会員の方からの質問を引き出し、さらにそれに
  答えていくものです。

      
魚類の性(SEXUALITY IN FISHES)

1.性が変わる 6/12/02
2.変わりやすいのか、変わりにくいのか(新しい時代)7/1/02
3.婚姻システムと性転換(発展期)7/9/02 
4.婚姻システムと性差(発展期2)8/17/02

   関連BBS:936,937,939,941,943,945,999

4.婚姻システムと性差(発展期2)

1)性比

 さて、ちょっと算数をしてみましょう。
 ここに、100尾の成魚が居るとします。この中のオス、メス同
士が繁殖し、よそからは入ってこないとすると、この繁殖個体群の
性比(メス:オス)は1:1。これを breeding sex ratio といま
す。メスは毎日卵を産み、卵保護はなし、産卵期は一ヶ月と仮定す
ると30日間の繁殖可能なメス、オスはどちらも、延べで1500
尾となります(ケース1)。ところが、メスの産卵周期が半月に一
度となるとどうでしょうか?

 延べの尾数は、オスは同じですが、メスは100尾となり、産卵
期を通じた性比は、メス:オス=1:15となります(ケース2)

 実際的な性比は集団の中のメス、オスの個体数だけで単純に考え
てはいけないのですね。また、産卵間隔だけを考えるのも早計です

2)メスの成熟の同調

 次に、メスが半月に一度産卵するとして、メスの成熟が同じ日に
起こる場合とランダムに起こる場合を考えてみましょう。

 同調する場合、メス達はその日だけしか産卵しないで、次の産卵
は約2週間後となるわけですから、オス達はその日、必死になるは
ずです。この日は、メス50尾に対しオスも50尾ですから、この
日だけに限れば、性比は1:1となります。別の日は、0:50で
す(ケース3)。
 メスの成熟がランダムであれば、ある日の繁殖可能なメスとオス
の性比を推定するのは難しくなります(ケース4)。

 ここで、実効性比(operational sex ratio)という考え方が産
まれました(Emlen and Oring, 1977)。次のように考えましょ
うと言うことになっています。

実効性比:繁殖期のある一日に、繁殖可能なメスの個体数の、繁殖
     可能なオスの個体数に対する平均比

 ケース3では、繁殖期間に一定の間隔で一斉にメスが成熟するわ
けですから平均比としての実効性比を求めるのは意味がありません
一方、ケース4では、繁殖全期間を通じての平均比を考えることが
重要となります。そこで、実効性比を求め、メス:オス=1:15
となり、値はオスに偏ります。

 この実効性比は、婚姻システムを考える上で重要です。

 一般に、実効性比がオスに偏る場合には、メスを巡るオスの競争
が激しくなり(難しい言葉では、性淘汰が強くなると言います)、
メスがオスを選ぶことから、一夫多妻になる傾向があるとされてい
ます。ケース4では、強いオスが多くのメスを独占する事が起こる
のです。またメスを引きつけ、独占するためにオスは大型で、二次
性徴が発達し、性的2型が著しくなります(ただし、一夫多妻では
必ずしも実効性比がオスに偏っているとは言えません)。

 ケース3では、ある場所にオス、メスが集まる場合は、爆発的な
繁殖を行うことになるし(カエル等に見られる、クサフグもその一
例)、集まる性質がない場合は、ペアを形成する事もあるでしょう
別の要因が効いてくるのです。また、この場合には、極端な性的2
型が生じないのが一般です。
 
 いま、メスの産卵間隔と同調について見たわけですが、もし、卵
保護があると、複雑になりますね。メスが卵保護(妊娠を含む)を
する場合は産卵間隔が長くなるとみなせばいいのですが、オスが卵
保護を行う場合は注意しないとなりません。

 ここから、それぞれの魚種の繁殖特性が効いてくるので、タイプ
別に考えて行かなくてはならなくなります。今のところはここまで
で止めておきましょう。

3)メスの群居

 ハレムの有名な例として良く目にするのがゾウアザラシです。
オスの体重はメスの数倍。すごいものです。人間だったらどう
でしょう・・・
 メス達が一カ所に集まるのは、妊娠、出産の適地が限られている
ことによるものです。また、毎年、同じ場所を利用しますから、繁
殖を控えたメス達は一カ所に集中します。一方、オスはこの場所を
予測する事が出来るのです。メスは分娩後にオスを受け入れます。
沢山のメスがいても、どのメスも性的に受け入れ可能な状態ではな
いのですね。繁殖個体群の性比は1:1ですが、実効性比はオスに
偏っています。メスが群居し、メスの交尾可能な時期はまちまちな
ため大きなオスが多数のメスを独占することができます。残ったオ
ス達はアブレとなるわけです。

 魚のハレムで有名なのは、ホンソメワケベラでしょう。第3節で
も紹介したように、ハレムのメス同士は一尾のオスの行動圏の中に
住み、サイズの近いメス同士は互いに行動圏をずらし、サイズの異
なるメス同士は、行動圏を重複させるという法則性に従って生活し
ています。

 このホンソメワケベラでは、実効性比はどうなるのか?これは、
著しくメスに偏っています。理由は、オスは性転換によって生じる
ので、もとより少ないこと、メスは個体数が多く、その上、ほぼ毎
日産卵を続けるからです。それなのに、一夫多妻のハレムとなるの
は矛盾してはいないかですって。そうですね、困りますね。この実
効性比がどちらかに偏ると、複婚(一夫多妻や一妻多夫)になりや
すいと言えますが、決してそれを決めてしまうというものではない
のです。

4)婚姻システム
 魚類には、幾つかのタイプがあります。「魚類の繁殖戦略1」か
ら引用してみましょう。

・一夫一妻
・ハレム型一夫多妻
・なわばり訪問型複婚
・非なわばり型複婚
・一妻多夫
 
 ここで、2番目と3番目が一夫多妻ではなく、複婚となっている
のは、繁殖期を通じて、一尾のメスが必ずしも同じオスと産卵・交
尾をするとは限らないからです。

5)現場
 さて、当時に戻りましょう。

1978年の夏、19尾のオスが集まる産卵場所で、毎日、1尾のオス
が1時間に何尾のメスを産卵させたかを調べました。1尾のオスを
計4回調べました。このデータでは、中央部になわばりを持つ2尾
の大型オスが圧倒的に高い繁殖成功を収めていました。しかし、な
んだか釈然としませんでした。メスを個体識別していないため、メ
スはいつも同じオスを選んでいるのかどうかが分からなかったので
す。繁殖成功のデータからは、多くのメスが中央部の2尾のオスの
所に通っているのは明らかでしたが、上に書いたように繁殖期を通
じて、一尾のメスが必ずしも同じオスと産卵するとは未だ言い切れ
なかったからです。そこで、翌年、メスに標識を付けて追跡する計
画を提案しました。モイヤーさんも同意し、その夏はそこで区切り
としました。

以下は、8/17、更新

5)類似点と相違点

 1979年の夏、メスを捕まえて麻酔をかけ、背鰭の前に標識を
付けました。色とアルファベットで区別し、緑地にIはグリーン・
アイ(嫉妬に狂う眼という意味があります)、青地にJは、ブルー
ジェイ等と読んでいました。モイヤーさんはこのブルージェイとい
う響きが好きでした。産卵は2時間以上続くので、モイヤーさんと
僕が50分交代で同じノートをリレーして記録をとり続けました。
僕の交代が遅れると、彼は残圧が少なくなり、中層に浮かんで待っ
ていたこともありました。この頃は1日に4本も5本も潜り、海に
浸かっていない時は、飯を食っているか、コンプレッサーを回して
居る感じでした。

 この夏、TMBSには、Kathy Meyer さん、Lori Bell さん、
Kent Carpenter さんが訪れていました。現在、ロリさんは、パラ
オの研究所に、ケントさんは 米国の Old Dominion 大学にいます
キャシーさんとは、何年ぶりかの再会でしたが、ムナテンベラの観
察を伝ってくれました。彼女は幼いときに、眼のガンに罹り、片方
の眼を摘出し、潜るときは義眼を外していました。とても、慎重で
辛抱強く、優しい人でした。数年後、再発し、母国に戻って、そこ
で若くして亡くなりました。

 ムナテンベラのオスは、自分の存在をアピールするために、時折
ジャンプしたり、逆立ちの姿勢をとったりします。前者はLooping
後者はPointing と呼んでいました。Looping は遠くにいるメスに
対し、後者は近くのメスに対して行われていました。Pointing の
時のオスはまるでへコアユのようです。この時、オスの腹面は白く
変化し、それをメスにアピールする感じです。近くで産卵している
スジベラのオスもLooping でメスを誘っていました。

 Pointing の位置、メスの標識、産卵場所と時間などを記録し、
殆どのメスが同じオスのところへ行くことを確かめました。この夏
の約一ヶ月間の観察をもって調査を終了させ、論文に取りかかりま
した。投稿先はドイツの動物行動学雑誌に決めました。論文を仕上
げるためにモイヤーさんは福岡に来て、我が家の狭いアパートに2
泊したことがあります。長男が3歳くらいの時で、モイヤーさんを
見た彼はとても怖がっていたのがいまだに思い出されます。アパー
トから大学までは、塀を乗り越えるのが近道なので、彼と鉄柵を越
え、跳び降りると、二日酔いの二人は、しばらく、クラ〜としてい
ました。いまでは、懐かしい思い出です。


図15 観察を終えて、僕の記録を読んでいるジャック

 この論文を書くために、鳥類のレック関係の論文を読みました。
セージライチョウという北米に住む鳥の話です。面白かったのは、
このライチョウは、メスとオスで成熟年齢が異なるのです。メスは
満1歳で成熟しますが、満1歳のオスは未成熟なままなのです。
これは繁殖集団の性比をメスに偏らせることになりますが、メスは
交尾後、自分一人で雛を育てます。卵を暖めるのは約3週間、ふ化
した雛は直ぐにメスの後をついて歩くようになります。従って、メ
スは1繁殖期に一度しか卵を産みません。そこで集団中の実効性比
はオスに偏ります。

 ムナテンベラでは、オスはメスが性転換したものですから、繁殖
集団中の性比はメスに偏っています。標識放流の結果から推定した
ところ、メス対オスは、5:1とみなされました。メスは毎日か、
一日おきに産卵していましたから1.5日と考えると実効性比は約
3.3:1です。セージライチョウとムナテンベラでは実効性比の
偏り方が逆なのですが、婚姻システムは実によく似ていたのです。
この辺りが比較行動学の難しいところで、似ている点と異なる点に
それぞれ注意しなくてはなりません。とかくすると、似ている点だ
けに目が行きがちなのですね。この論文は1982年に印刷されま
した。

 さて、1980年からはキンギョハナダイに焦点を絞りました。
イギリスのShapiro博士が次々に紅海での研究成果を出していたの
で少し焦りました。 5月に三宅へ行きましたが、その時、オースト
ラリアのD. Hoese博士(ハゼの分類)と水中写真家のR. Steene 氏
と一緒になりました。ホセ博士はおとなしく寡黙でしたが、スティ
ーンさんは大変に面白く、賑やかな人でした。2人ともオーストラ
リア人で、ビールがとても好き、飲む量も普通ではありません。
スティーンさんは早速、壁に落書きをしていました。「ビア・パー
ティは毎日、日没に始まり、床まで続く」と。



       図16 ビア・パーティの終末
     左からMoyer, Zaizer, Steene, Hoese

 スティーンさんはいつも裸で、腰にパレオ一枚。ビアダルのよう
な体型ですが、片足が悪いのです。潜るときは弱い方の足に負担に
ならないように小さなフィンを付けていました。車の運転でも、坂
道をバックするときなどは片足でブレーキとクラッチを踏む軽業を
していました。口が汚いのも、天下一品で、しょっちゅう、悪態を
ついていました。僕のノートにも落書きしていましたよ。「おれは
オージー(生粋のオーストラリア人)。一生、独身で、自由に暮ら
す」というのも口癖でした。この頃は、モイヤーさんはまだ、アメ
リカンスクールにお勤めだったので、長期休暇以外は週末だけ島に
来ていました。彼とマーサが調布に戻っている時は、ホセ、スティ
ーンと3人になりました。良く、「山の辺」という洒落た料理屋で
ごちそうになりました。トコブシとバショウイカ(アオリイカ)が
美味しかったです。

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