LET'S STUDYING-5

WEB SEMINARの新シリーズ「生物の大量発生と対策」編を掲載します。
大月町尻貝海岸におけるヒメシロレイシガイダマシ対策と駆除指針
野村恵一・富永基之

出典:海中公園情報 130,pp.11-16

関係BBS:661,675,676,735,737,802 

大月町尻貝海岸におけるヒメシロレイシガイダマシ対策と駆除指針*

野村恵一**(串本海中公園センター)・富永基之***(大月町役場)

* The coral conservation against population explosions of Drupella fragum in Shirigai, Otsuki, Pacific coast of central Japan, and its removing guide.
** Keiichi Nomura/Kushimoto Marine Park Center
*** Motoyuki Tominaga/Otsuki Town Office

 高知県幡多郡大月町尻貝海岸の入り江には美しいサンゴ景観が広がり、絶好のシュノーケリングポイントとして利用されて来た。ところが、1989年に突如としてサンゴ食性の巻貝であるヒメシロレイシガイダマシが大発生し、サンゴに大きな被害が生じた。この時から、サンゴを守るための活動が大月町で始まった。尻貝では貝発生から数年後に、サンゴ分布や貝の生態調査に基ずく計画的・継続的な駆除が導入され、現在も高密度なサンゴ群落は保全されている。しかしながら、貝の密度は依然高く、被害収束の目処は未だに立たない。また、貝によるサンゴ被害海域は、大月町ばかりでなく、国内の広範なサンゴ群生域にわたり、しかも拡大傾向にある。ここでは、尻貝海岸における12年にわたるサンゴ保全活動を一区切りとして取りまとめ、そこから得られた経験を基に貝駆除の指針を提示したい。本報告が、少しでも今後のサンゴ保全活動の参考になれば幸いである。

・サンゴ食巻貝について
 サンゴ食巻貝は主にアクキガイ科のシロレイシガイダマシ類 Drupella とサンゴヤドリガイ科のサンゴヤドリガイ類 Coralliophila の2類に大別される。シロレイシガイダマシ類はサンゴの軟組織を削り取って食べる特別な歯舌を持ち、これに属するヒメシロレイシガイダマシ D. fragum は時に数万個体以上の数で大量発生し、サンゴ景観の主構成員であるミドリイシ類に大きな被害を与える。一方、サンゴヤドリガイ類は歯舌を欠き、サンゴに付着して栄養を吸引し、シロレイシガイダマシ類のように大発生してサンゴ群落に被害を与えることはない。

・国内におけるヒメシロレイシガイダマシ大発生例
 国内におけるヒメシロレイシガイダマシの大発生の記録は、古い順に並べると伊豆諸島の三宅島(1976〜1983?:Moyer et al, 1982; 藤岡, 1984)、沖縄本島南部知念沖(1981〜1982:藤岡, 1984)、宮崎県日南海岸(1986〜:高山・白崎, 1990; 布施他, 1991; 野村、1991)、高知県大月町(1989〜:布施他, 1991; 野村、1991)、愛媛県宇和海(1990〜:石川他, 1993; 須賀, 1994)があり、大発生海域は非サンゴ礁域に集中している。宮崎県での発生期間は不明であるが、四国南岸では10年以上もの長期にわたって発生が続いている。また、1998年からは新たに和歌山県串本でも大発生が確認されている。貝が発生するとミドリイシ類が食害され、景観が荒廃する。日南海岸や大月町、及び串本町のいくつかの海域では、貝によってミドリイシ類群落が大きな被害を被っている。

・ヒメシロレイシガイダマシの生態
 以下に示す本種の生態の内、産卵生態や成長に関しては Awakuni(1989)に、貝集団の移動性、野外での摂餌量については、著者等が大月町尻貝で1991年4月〜10月にかけて実施した、固定枠を用いたサンゴ変化やマーキング貝の追跡調査によった。また、貝の餌嗜好性、集団生態及び貝の発生状態については、著者の一人、野村の貝の非発生域を含めた調査や観察経験に基づいた。
 産卵はサンゴ礁域では周年、非サンゴ礁域では活性が鈍る冬季を除いた時期に行われる。一度の産出で平均20の卵嚢を産出し、1卵嚢中には平均200もの卵を含み、卵は約30日で孵化する。孵化稚仔の成長は早く、1年で成体サイズ(20mm)に、2年半で最大サイズにまで成長する。イシサンゴ類の中のミドリイシ類 Acropora を専食し、特にクシハダミドリイシのような卓状ミドリイシ類を好むが、好物がない場合にはミドリイシ類であれば種を問わず摂食する。貝は通常、1つのサンゴ群体につき数個体以下の密度で生息し、移動性は低いが、貝密度が増加すると行動の相変化が起こり、最大5000個体からなる集団を形成し、サンゴを食べ荒らしながら移動するようになる。集団内の各個体は弱く結び付き、集団分裂や集団合体を繰り返す。集団の平均移動速度は6cm/日で、集団内の1個体の平均摂餌速度は投影面積で0.4cm/日と推定される。
 駆除数から見た貝の発生状態の目安を表1に示す。1人1回の潜水での駆除数が50個体以下であれば正常な範囲と見なされるが、100個体以上になるとサンゴの死滅部が目立ち、サンゴ被度の低下が始まる。そして、駆除数が300個体を越えると、大集団が形成され出し、景観の荒廃が進む。従って、サンゴの成長を食害が上回り始める駆除数100個体以上が、要警戒レベルとなる。

・貝の発生原因
 貝と同様な生態(密度が上昇すると集団化してサンゴを食い荒らしながら移動)を持つ種にオニヒトデがいる。本種はインド・西太平洋域中のサンゴ礁域で猛威を振るい、ここ四半世紀の間に集中した生態研究が行われたが、未だに自然要因か人為要因かの明確な答えは提示されていない。貝についても、オニヒトデと同程度の推論しか述べることはできない。ただし、いくつかの貝の発生海域の共通的特徴を探すと、「小さな入り江にある高密度クシハダミドリイシ群落」、「陸域の開発による土砂の直接的または間接的流入」がキーワードとして浮かび上がって来る。つまり、半閉鎖的な環境での、極度の一時的富栄養化や泥土のサンゴ群落へのストレスが大発生の要因となっている可能性が示唆される。そして、小湾内で、上述のイベントに貝幼生の量的な孵出、水塊の滞留などが偶発的に重なれば、貝幼生が大量定着し、爆発的な出現をもたらすこともあり得るというシナリオが導き出される。また、貝の発生にはこういったイベントの他に、近年の温暖化、恒常的な富栄養化なども関連しているかもしれない。

・尻貝海岸におけるヒメシロレイシガイダマシ対策
 大月町尻貝海岸は、小尻貝と大尻貝の浅い2つの小湾(面積約8ha)からなり、サンゴ群集の種多様性が高く、かつ、卓状のクシハダミドリイシ Acropora hyacinthus と枝状のスギノキミドリイシ A. formosa が織りなす美しい群生景観が特色をなした(図2, 3)。大月町はスギノキミドリイシの日本北限の分布域に当たり、この群落を含めた尻貝のサンゴ群集は大月町の中でも屈指のものの1つと認められていた。この評価が後のサンゴ保全活動を生み、また、1995年には尻貝海中公園として地区指定を受け、さらに、同年には当海域の海中景観散策を目玉とした大月エコロジーキャンプ場が開設されるに至った。
 表2に尻貝における貝関連の実施事業を示す。注目いただきたいのは、貝発生から数年間、駆除と平行して、大月町全域にわたるサンゴ被害調査と共に、尻貝におけるサンゴ分布や貝の生態調査が行われたことである。そして、これに基づいて、サンゴ保全や貝駆除の必要性及び駆除方法が検討された。
 本格的な調査が実施された1991年には、既に尻貝のクシハダミドリイシの3割が消失し、当海域の成貝の個体群量は15万個体、放置した場合のクシハダミドリイシの消失期間は2年と大まかに見積もられた。このような危急性と、数人ほどの規模で、しかも少実施回数の駆除体制しか組めない当地の資金的・組織的な状況下での駆除効果を考慮し、狭小な保護区域を設定し、そこに駆除を限定・集中させる駆除方法が採用された。
 保護区域に選ばれたのは、小尻貝のスギノキミドリイシの純群落を中心とした50m四方内のスギノキミドリイシとクシハダミドリイシの群生域で(図2)、1991年から現在まで継続して本区域内の貝駆除が実施されてきた。図4に2000年5月に調査した、保護区域を含む小尻貝湾口横断線下のサンゴ群集構造を示す。横断線下の生存サンゴの平均被度は54%あり、クシハダミドリイシはサンゴ全体の6割、スギノキミドリイシは3割、併せて9割をそれぞれ占めた。本図から分かるように、スギノキミドリイシやクシハダミドリイシの純群落は残存し、また、クシハダミドリイシは全体の25%が食害を受けていた。この調査結果から、保護区域のサンゴ群集は貝駆除によって保全されているものと見なされる。ただし、区域の外や、尻貝と同時に貝の発生が認められた近隣海域(樫西地区)では、クシハダミドリイシの大部分が食害に遭い、景観は消失してしまっている。
 図5に尻貝でのヒメシロレイシガイダマシの年度別の駆除数を示す。尻貝ではこの12年間に40万個体もの貝が駆除された。貝の駆除数は年変動が大きいが、これは駆除努力量を反映したもので、貝の資源量に対応したものではない。そして、最近、駆除量が増大しているのは、パークボランティアによる駆除体制の整備が進んできていることを示している。本図を見ても分かるように、貝の大発生はいっこうに収束する気配なく、慢性化の様相を呈している。従って、保護区域のサンゴは保全されてはいるものの、貝が収束するまでは、さらに長期の継続的駆除が必要とされる。

・駆除に至るまでの確認事項と駆除方法
 貝が大発生した海域では、最終的にはサンゴ群集の主体となるミドリイシ類の大部分が食害を受けて景観が消失する。そのため、ミドリイシ類群落を保全しようとすれば、現時点では駆除を行う以外に手段はない。しかし、安易に駆除に走るのは下記に示すいくつかの理由から早急であると考えられる。
 まず第1に、貝の大発生の原因の項で述べたように、大発生が土砂の流入や富栄養化などの人為的攪乱に起因するとすれば、駆除は単なる対処的療法に過ぎず、根本的対策は攪乱要因を除去することにある。環境撹乱に対する「自然の警鐘」の代弁者であるかもしれない貝を悪者とは決め付けず、まずは貝も生態系の一員であることを認知すべきである。
 次に、保全すべきサンゴ群集の価値付けが必要となる。大発生した貝を放置した場合、ミドリイシ類が消失する可能性は大きいが、その後、貝の大発生が餌不足により収束してしまえば、サンゴ群集は徐々に自然再生に向かうことが期待できる。長い目で見れば、貝の大発生やサンゴの消失も一時の間だけかもしれない。ただし、大規模な純群落が形成されるには膨大な年月がかかり、日本のサンゴを取り巻く自然環境が年々厳しさを増す中では、一度失われたら復元が望めないことも考えられる。そして、そういった事例は、多くのサンゴ群生域で確認されている。従って、貝発生域に消失させてはならない貴重なサンゴ群集が存在すると認めらた場合に、駆除は検討されるべきである。
 最後に、駆除の非容易性の問題がある。貝は小型でしかもサンゴの間隙に潜り込んでいるため、駆除にはスキューバ技術が必要とされ、また、水中での手作業となるため効率が悪い。しかも、用船料や機材料などのコストがかかる。この駆除の手間とコストが、駆除奏功の大きな制約となる。これまで国内で行われた貝駆除において、貝の根絶に成功した事例はなく、ある程度成功したものとして、尻貝の事例だけがあるが、その尻貝でも貝問題は長期化している。従って、貝駆除によってサンゴを保全するためには、相当の努力と根気、及び出費がいることを覚悟しなければならない。また、中途半端な駆除は、間引き効果を生みかねず、効果が得られないことも知っておかねばならない。
 駆除の最終目的はサンゴ群集を保全することにあるが(決して膨大な駆除量を揚げることではない)、その目的達成のためには二通りの方法が考えられる。1つは、駆除によって発生海域全体の貝個体群量を制御する(平常密度まで下げる:表1参照)ことである。これが実現できれば、貝問題はひとまず解決するが、人員・経費を無制限に投入できることが条件となる。他の1つは、保全すべきサンゴ群集の範囲を限定し、その区域のみに駆除を集中させて、区域内の貝個体群量だけを制御する方法である。これは、最低限のサンゴ資源域(景観と群集再生の両方を兼ねる)を死守しつつ、周囲の貝の収束を待つ戦法で、小体制で取り組めるが、長期の実施が必要となる。前者の方法は最も有効な駆除法であり、物理的には実現可能であるが、人員とコストがかかり過ぎるため、現実的には不可能に近い。そして、尻貝での事例にもあるように、ほとんどの駆除実施者は、人員も経費も限られており、後者を選択せざるを得ない。図6に駆除に至るまでの確認事項のフローと駆除方法の選択を示す。駆除に際しては、このような順序で諸事項が検討されることが望ましい。

・理想のサンゴ保全体制
 日本の貴重なサンゴ群集域の多くは海中公園地区に指定され、破壊行為や漁業以外の生物の採集や制限されている。しかし、地区指定後の自然状況の実体が定期的に監視されることは極めて少なく、サンゴ群集の攪乱が起こってもすぐには発見できず、露見したときには既に手遅れである場合が多い。また、行政側も、予算問題ですぐには対応できず、対策はかなり遅れたものとなる。では、サンゴ群集を保全するためにはどうすれば良いのであろうか。それは、恒常的な保全体制を構築することである。この体制とは、保全海域を特定し、定期的な監視活動(モニタリング)を行い、サンゴ撹乱要因を初期の時点で探知し、早急な対応によって問題化する前に攪乱要因を除去してサンゴを保全する統制された組織である。ヒメシロレイシガイダマシの場合も、細やかな監視によって貝の密度上昇を早期に探知し、即座に対応できれば大発生を防げるかもしれない。これまでの事後型処理の保全体制から脱却し、監視に基づいた早期対応型保全体制の整備が、環境悪化が進む昨今にあって急務とされている。
 大月海域では、大月町や環境庁の支援に基ずくパークボランティアが組織され、海域監視活動や駆除といった保全体制が徐々に整いつつある。しかし、機能的・恒久的な体制を確立するには、まだ遠い道のりがあるように感じる。日本では欧米に比べ、ボランティア活動の浸透性は低く、また、運営側の基盤も弱く、さらに、地元での自然を守る意識も高いとは言えない。そして、これらが改善できるかどうかに、自然保全活動の未来がかかっていることを自覚している。

・謝辞
 尻貝での貝の発生当初は、対処方法が全く分からず、尻貝よりも数年前に貝が発生し、その対策に奔走されていた宮崎県の安藤健児氏に様々な有用情報を提供いただいた。我々が尻貝でサンゴ保全成果を上げられたのは、安藤氏の協力の賜であり、ここに深く感謝する次第である。また、大月町内の貝駆除に参加された皆様、並びに、サンゴ調査に協力いただいたシーエアー柏島のスタッフの方々に、厚く御礼申し上げる。

・参考文献

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