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  5 魚類の骨(スケルトンへの旅2) 石田 根吉

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スケルトンへの旅-2 石田 根吉 04/14/03


シラウオの哀れ               石田 根吉

 マアジの透明骨格標本が出来上がるまでのドタバタを前回報告させて頂きました。その完成がまだはるか遠くに感じられていた昨年のお話です。
 やってもやっても失敗続きの僕を哀れに思ったのか、余吾さんから

 「まずは、小さなシラウオなどから始めてみてはどうでしょう」

との提案を頂きました。でも、へそ曲がりの僕は、

 「シラウオ? あんなの元々透明な魚じゃないか。それをまた
  透明にしたって面白くないんじゃないのかなあ」

と、失礼にも無視してしまっていました。が、それ以降もマアジの標本作りはうまく行きません。そこで、「溺れる者はシラウオをも掴む」の思いでこっそり標本を作ってみました。
 が、一旦出来上がってみると、

 「なんて綺麗な標本なんだ! もう、余吾さん、なんでもっと早く
  教えてくれなかったんだよ!」

などと勝手な事を言い出すほどに心打たれ、結局、昨年12月から今年2月末まで刻々変化するシラウオを追う羽目になってしまったのでした。

か弱いシラウオ

 透明標本は、基本的には前回ご紹介の通りの手順で作成しました。でも、シラウオならではの注意点が幾つかありましたので此処に挙げておきます。

 まず、ホルマリンの固定です。シラウオをそのまま10%ホルマリンに投入すると、その瞬間にコキッと体が曲がったり、クルリッと丸まってしまう事が多々ありました。一旦そうなって固定されてしまうともう元には戻りません。そこで、僕は以下の様に「下ごしらえ」しました。
 ダンボールの上にシラウオを体を伸ばして1匹ずつ並べます。そして、頭部と尾部を粘着テープで軽く留めます。更に、その上からティッシュ・ペーパーを被せます。その上から少量のホルマリンを湿らせる程度に振り掛けるのです。そうして10分もすると、シラウオは体をシャキッと伸ばしたまま固まっています。そこで、慎重にテープをはがしてから改めてホルマリン液に漬けるという算段です。

 次に注意すべきはトリプシン処理です。か細い体をしているせいか、トリプシンによるシラウオの透明化プロセスはたった1日で完了してしまいます。でも、それほどに薬液が強すぎるのか、中には身が剥がれたり体が曲がってしまう個体も出て来ます。そこで、このトリプシン処理およびそれに続く水酸化カリウムによる処理は、所定の1/2〜1/3程度の濃度で進めると成功率が向上しました。

ネオテニー

 それでは、早速標本のご紹介です。今回ご紹介するシラウオは、全て自宅(神奈川県厚木市)近所のスーパーの中にある魚屋さんで購入したもので、大洗産のものばかりでした。

 まず、昨年(2002年)12月17日購入のシラウオです。

 
        写真1. 12月のシラウオ - 体長:5.7cm

 前回ご紹介したマアジの透明骨格標本はほぼ全ての骨が赤紫色に染色されていたのに対し、このシラウオは全身真っ青です。今回用いている染色法は、軟骨は青く、硬骨は赤紫色に染め分ける事が出来るというのが大きな特徴です。つまり、シラウオは全身軟骨から出来ているという訳です。

 
         写真2. 12月のシラウオの脊柱と臀鰭の担鰭骨

 シラウオは春が繁殖期です。仮にこの個体が3月生まれだとしたら、この時点で既に生後9ヶ月です。しかも、シラウオはアユなどと同じく寿命は1年といわれていますから、今や壮年期を迎えようかという時期の筈です。硬骨魚の筈なのに、未だに軟骨まみれ。
 このように、大人になってもまだ幼年期の形態を留めているものをネオテニー(幼形成熟)と呼ぶのだそうです。魚類ではこのほかにシロウオ(名前は似ていますが、こちらはハゼ科)、両生類ではウーパールーパーなどが有名です。

意外な導火線

 続いて、2003年1月22日購入のシラウオです。

 
         写真3. 1月のシラウオ - 体長:6.0cm

 一見して尾ビレが赤紫色に染まっているのが分かります。そこを拡大してみましょう。

 
            写真4. 1月のシラウオの尾部

 尾鰭および尾部骨格が硬骨化しているのが良く分かりますね。更に、尾部から臀鰭付近までの脊柱にも硬骨化の兆しが見られます。一方、頭部はというと、

 
            写真5. 1月のシラウオの頭部

やはり軟骨しか見られません。このように、シラウオの硬骨化は尾部から進み始めるらしいという事が分かってきました。つまり、シラウオの成熟の導火線は尾鰭にあったという訳です。

 これは僕には意外なことでした。何となく頭の中では

 「全身がジワジワと徐々に硬骨化してくる」

と想像していたからでした。体の端から、しかもそれが尾鰭からというのはどういう訳なのでしょうか。

ビッグバン

 次に、2003年2月17日購入のものです。

 
        写真6. 2月のシラウオ(オス) - 体長:6.2cm

 1月には尾鰭付近にしか見られなかった硬骨が更に前方にまで延びて来ました。更に、体全体の肥満度が一挙に増加したのがわかります。この一ト月で彼らは劇的な変化を遂げたようです。

 
         写真7. 2月のシラウオ(オス)の臀鰭

 臀鰭及びその担鰭骨部分も赤紫に染まっています。また、脊柱も頭部付近までほぼ硬骨化が進みました。更に脊柱からお腹方向に延びている血管棘にも硬骨化の兆しが見えます。

 ただ、背鰭だけはまだ軟骨のままでした。

 
         写真8. 3月のシラウオ(オス)の頭部

 また、頭部も、1月に比べると硬骨部分は若干増えたものの、まだ大部分は軟骨のままです。

 更に、この時期になって目を惹いたのが、抱卵メスの登場でした。

 
        写真9. 2月のシラウオ・メス - 体長:7.0cm

いよいよ、彼らも繁殖期を迎えたのです。でも、注目すべきはその臀鰭部です。
 シラウオは臀鰭の大きさ・形で雌雄を見分ける事が出来ます。写真7のオスの臀鰭と比べるとずっと小さいのがお判りいただけると思います。でも、更に不思議なのは、メスの臀鰭は全く硬骨化が見られないことです。これは、この個体だけではなく他のメスでも、また、これ以降の時期のメスにも共通した特性でした。

 大きさや形だけでなく、臀鰭の硬骨化のこの差は繁殖行動に何か関係する事なんだろうかと想像を掻き立てずにはいません。

 こうして、僕を楽しませてくれたシラウオですが、3月に入ってからは魚屋さんの店頭でも見かけることがなくなってしまいました。そろそろ旬の季節を終えようとしているのでしょうか。

 川の一隅で産卵を済ませて、短い生涯を終えるシラウオたち。硬骨化と追いかけっこするような彼らの一生を思うと、哀れを感じてしまいます。川底で息絶えた時、彼らの頭部はもう赤紫になっていたのでしょうか。それとも、まだ青さを残したままだったのでしょうか。


事務局より:
石田さんの生物に対する様々なアクセスについては頭が下がる思いです。
これは石田さんなりのアクセスであり、誰にもこうあれとは申しません。石田流で良いのだと思います。別な方は別のアクセスがあります。
この記事に関しては、僕自身、不明なことがあり、調べていましたが、今だに謎があります。
専門家にも聞いてみたのですが、シラウオという魚も謎だらけのようですね。オスの尻びれが大きく、鱗までも備える点については、従来の「産卵床を作る為のものである」という説に異論の向きもあるようです。尻ビレで川の底を掘り起こし、そこに卵を産むという産卵習性自体に反論があり、水中でペアになり、沈性卵を浮性卵のようにばらまくという報告もあるそうで、これまた、やっかいな?ことですね。
体の構造は生態とも密接に関連しています。僕らは、生物の生きる姿の様々な側面に、色んな面から、僕らにも使える方法を駆使して迫っていきたいものですね(余吾)。

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