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2002年の6月に屋久島のダイビングサービスの菅野君からメールが来た。お客さんからハマサンゴに付くピンクの粒粒はいったい何ですか?との質問を受けたが何か分からず、私に聞けば分かるだろうと写真を添付したメールだった。写真を見てみると、確かに見覚えのあるピンクの粒粒。自分でも撮影していたので、その写真を紹介する(Fig.
1)。
はて、私もいつも目にはしていたけど何なのかじっくり観察したこともなく、改めて図鑑で調べてみても分からない。そこで、AUNJ(アンダーウォーター・ナチュラリスト協会)のメーリングリストに流せばきっと教えてもらえるだろうと思った。AUNJとは、海洋生物の研究者(ジャック・モイヤー博士を始め、55人もの研究者が評議員や講師に集まった。私がお世話になった方々もたくさん入っている。)が研究者同士のネットワーク、一般ダイバーと研究者との交流、海洋エコツアーガイドの養成などを目的として結成したこれまでにない広がりのある協会である。ちなみに私もエコツアーガイドという立場から評議員に入れていただいている。さて、AUNJに流した私のメールは日本中を飛び回り、西海区水研の渋野さんより回答をいただいたが、次のような文面だった。「松本さんからAUNJに送られて来たときに、石垣支所の何人かに見せました。浦底湾の湾奥のコブハマサンゴには付いていないのですが、林原さんはよく見ると言っていました。サンゴの幼生とかではなく、どうも定着性のゴカイではないかということです。」というメールをいただいた。こんなに研究者が集まっていてもまだよく分かっていないことがたくさんあるのだ。なかなか海の世界は奥の深い世界だなぁと改めて感じた。確かに魚類だけでもまだまだ未解明のことが山ほどあるのに、無脊椎動物ともなればさらに未知のことだらけ。そうであるなら自分で調べてみるしかない。もともと誰かに聞けばすぐ分かるなんて少し甘えていたのかも。
そこで、まずはこのピンクの物体が渋野さんの言うように定着性のゴカイであるのかを自分なりに調べてみることにした。このピンクの粒粒は、コブハマサンゴにのみ付いていて、ほかのミドリイシ類やハナガタサンゴ類には付いていなかった。コブハマサンゴの中でも付いているものには複数付いているが、まったく付いていないものもある。このピンクの粒粒は、はっきりとフジツボ状に盛り上がったもの(Fig.2)と不鮮明に滲んだようなものがある(Fig.
3)。
大きさは1〜2@程度のものが多いが、滲んだようになっているものには複数がつながったようになって数センチに達するものもあった。そして、フジツボ状のものをよく観察してみると、先端の穴から小さな透明の触手のようなものがでているではないか(Fig.4)。
これはやはり、定着性のゴカイの仲間に違いないと確信した。ハマサンゴの仲間にはよくイバラカンザシ(カンザシゴカイ)が付いているのだが(YNAC通信No.15参照)コブハマサンゴに付いたイバラカンザシをよく見るとその口の周りがピンクになっているものがある。さらにほかのコブハマサンゴを観察してみると、イバラカンザシの幼体が付いているのを発見した。定着して間もないイバラカンザシはまだコブハマサンゴの中に埋没しておらず、張り付くようにコブハマサンゴに付着している。そのイバラカンザシの棲管(自分で管を作ってその中に住んでいるその管の事)がピンクに染まっているのである。これはもう疑いもなくイバラカンザシが定着したときにピンク色をしているのである(Fig.5)。
これですべて解決したと思い、菅野君に「多分、定着性のゴカイで、イバラカンザシが幼生のプランクトンからハマサンゴに定着したときにピンクになるのだと思うよ」と報告した。ところが、これで終わらなかった。
7月に宮内庁生物御研究所のハゼの調査に同行していたときのことである。ハゼの写真を撮るために岩の割れ目やサンゴの隙間などをハゼを探して覗きこんでいた。そして、コブハマサンゴの下の隙間を覗きこんでいてふとピンクのラインが目に飛び込んできた。それはまさしく、あのピンクの粒粒と同質のものだったのである。よく見るとそれはフジツボ状の粒粒でも滲んだようなものでもなく、はっきりとライン状になっていた。そして、脇に生えた海藻(ミルの仲間だったと思う)と接触しているところがくっきりとピンクになっていたのである(Fig.6)。
他にも褐藻類の海藻と接しているところもピンクになっていた(Fig.7)。
海藻と接しているところは、ピンクの物質が盛り上がり、海藻との接触を拒んでいるようにも見える。(Fig.8)
これはどうも定着性のゴカイ、イバラカンザシ自身の色ではなく、コブハマサンゴ自身がピンクの物質を出しているのではないかと思われる。つまり、コブハマサンゴ自身が他の動植物が取り付くことを嫌って出す物質ではないだろうか?確かにサンゴの上にフジツボやゴカイなどの定着性の動物や光をさえぎってしまう海藻に取り付かれるのはサンゴにとって不利である。サンゴの上に取り付くものに対する防衛手段を持っていないとサンゴの上にいろいろなものが付着してしまう。このピンクの物質がそれを防ぐ手段として使われているのではないだろうか。しかし、定着したばかりのイバラカンザシの棲管が接触面だけではなく全体がピンクになっていたのはなぜだろう。コブハマサンゴ以外のサンゴに取り付いたイバラカンザシの棲管は、ピンクにはなっていない(Fig.9)。
また、コブハマサンゴには、他のサンゴ類に比べるとはるかに多くのイバラカンザシが取り付いている。イバラカンザシとコブハマサンゴの間には何か特別な関係があるのではないだろうか。
まだまだ情報不足でピンクの物質がコブハマサンゴ自身のものであるかどうか、ピンクの物質はどのような成分なのか、何のために使われているのか、までは今回分析できなかったが、今後サンゴの研究者によって明らかにされることを期待したい。今多くのダイバーが海洋生物に接し、そこに繰り広げられる生き物たちの生態を目の当たりにするようになった。そして、ダイバーの偶然目撃したことや素朴な疑問から、海洋生物学は飛躍的に前進している。AUNJのような組織ができ、いろいろな情報の交換、蓄積がされていくことはすばらしいことだと思う。このピンクの物質のことが明らかになったときはまたここで報告したいと思う。
松本 毅 (有)屋久島野外活動総合センター(YNAC)
〒891-4207
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