FIELD REPORT- 10
東伊豆におけるキタマクラの産卵−1 産卵行動
 
瓜生知史・石田根吉・余吾 豊 
04/25/2006 

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(はじめに)
 キタマクラCanthigaster rivulata はインド洋ー西部太平洋、ハワイ諸島に広く分布し、我が国では南日本沿岸でポピュラーに見られる魚類である(山田、2003)。しかし、その生態に関しては報告が少なく、荒井・藤田(1988)による水槽内産卵と卵発生、仔魚の報告を除いては、自然状態での産卵行動や婚姻システムについては不明である。同じキンチャクフグ属魚類については、オーストラリア、グレート・バリヤ・リーフでのC. valentini(Gladstone,1987a)、パナマ大西洋岸でのC. rostrata (Siekel, 1990)についての婚姻システムと産卵行動の報告がある。この2種では、メスが岩肌の糸状藻類をついばんで、すり鉢状の窪みを作って産卵床とし、産卵する。受精卵は窪みの海藻に付着して発生し、ふ化する。受精卵の保護はなく、産出卵に毒性があり、捕食を防ぐとされている。卵の毒性については、化学的な分析はなされておらず、他種の捕食があるかどうかの間接的な検証がなされているに過ぎない(Gladstone,1987b)。本報告では、東伊豆の伊東市沿岸で観察されたキタマクラの産卵行動を紹介する。第2報では、卵の粘着場所と
産卵後のメスの行動を述べる。第3報で、まだ謎の部分も紹介する予定である。

【調査場所と方法】 

 潜水観察を行ったのは、
伊豆海洋公園(I.O.P.)と富戸、赤沢の3地点で、1997年7月29日から2003年7月27日に、これらの場所でSCUBA潜水により調査した。潜水時間は漁協などとの取り決めで午前8時40分から午後4時30分までと限定されており、その範囲で行った。個体識別は行わなかった。

【結果】 

1)産卵期と産卵時刻
産卵期:
上記の観察場所に於いては6−8月で、水温は17℃〜25℃の範囲だった。

産卵時刻:産卵は計19例観察され、I.O.P.では午前11時56分から12時30分まで計4例、富戸では午前9時15分から午後1時45分まで計12例、赤沢では午前10時58分から午後15時26分まで3例観察され、午前中に多い傾向がある。

産卵日と月齢、および産卵時刻と干満とは明瞭な関係は認められなかった。

2)産卵場所
 産卵場所は水深1m〜15mの岩礁部、あるいは砂地に点在する岩や人工物で、放卵、放精は、岩、鉄製構造物、ロープ等の基質に生育する海藻面で行われた。

3)雌雄のサイズ、体色、行動
 荒井・藤田(1988)によると、成魚ではオスが大きく、腹部正中線の青いスジと 体側に分布する青い斑紋を持つのがオス成魚と判別され、それを持たないものはメス、あるいは未成熟のオスとみなされている。

 成熟オスは、けばけばしい青色が強調された婚姻色を示し、直ぐに見分けが付く。一方、成熟したメスには、この婚姻色が無く、サイズも小さい。産卵するメスは全長6cm前後。

 オスにはサイズと行動から次の4タイプがある。
巨大オス:全長12〜15cm。行動範囲が広く、直線距離で200m位移動する(図1)。
・縄張りオス:全長10cm前後。行動圏は巨大オスよりも小さく、産卵期に守っているのは3Fから10Fと思われる。
・2番手のオス:縄張りオスよりやや小さい。縄張りオスとほぼ同じサイズ。縄張りオスと同じ行動圏を持つ。
・未成熟と思われる小型のオス:全長6cm以下。時折小型のオス同士で闘争しているところを観察する。


図1 巨大オスとメス(全長6cm程)
 July 5, 2003 富戸 石田根吉(030705-kitaboss.JPG)

4)産卵期の雌雄の行動

 雌雄の挨拶行動:縄張りオスはパトロールし、縄張り内にいるメスを探している。縄張り内の成熟メスの個体数ははっきりとは分からない。婚姻色が出たオスは中層を泳いでいるメスを見つけては、近づいて行き、その顔の前に廻り込む。そして、体をやや斜めに傾けて一層青く輝くと共に、顎から腹部、及び背側の皮を伸ばし、体を大きく見せる。メスは多くの場合その時、尾ビレをちょっと曲げ、オスの腹をつつくように近づく。そして、メスがオスを避けても、オスは上記の行動をし、行く手を遮る。このようなT字形の位置関係でホバリングしながら回転しているペアがよく見掛けられた(図2)。T字ホバリングはよく見られるが、その直後に産卵に移行した例は一度も観察していないことから、この行動は挨拶行動だと思われる。


図2 
T字ホバリング
Jun 14, 1992 伊豆海洋公園 瓜生知史(T-hovering.jpg)

オス同士の争い:オスは縄張りを持ち、産卵期とその前後には闘争がよく観察できる。オス同士は体色を青く変化させて向かい合い、腹中線と背の皮を伸ばし、口を開け歯をむき出して威嚇し合う。時には体を傾けながら間合いを狭め、噛みつき合いの闘争へ移行する。この闘争に負けたオスはメスと同じ体色となり、腹部を萎縮させ、素早く逃げ去る。

メスの海藻をつつく行動(産卵床の準備):縄張り内にいるメスは摂餌のため海藻をつつくことがあるが、産卵前にも同じ様な行動を行う。摂餌の場合はつつく箇所をすぐに変える。産卵前の場合は通常1時間程度同じ場所をつつくが、2〜3回場所を変えることもあり、このようなときには2時間以上かかることもある。

5)産卵行動

 縄張りオスは中層から海藻をつついているメスを見つけると、下へ降りて行く。メスが関心を示さずに海藻つつきを行っていると、やがて離れて行く。縄張りオスは産卵直前のメスを他の雌雄から守る。縄張りオスが他のオスと闘争をしている時に他のメスが産卵直前のメスに近づくと、産卵直前のメスは追い払う。また、縄張りオス以外のオスが近づくとこのメスは産卵床を放棄して移動するか、中層に浮いてしまう。しかし、しばらくするともとの場所に戻る。メスは縄張りオスを認識しており、縄張りオスは産卵直前のメスを優先的に守っているとみなされる。


図3 オスの求愛ディスプレイ(おにぎり:左がオス)
 
Aug 11, 2002 富戸 石田根吉kitaspawn-3.JPG)


 いよいよ産卵となるとオスは海藻をつついているメスの側へ下り、体を寄せる。この時、オスの体型はおにぎり型になり、特に腹部が青味がかる(図3)。産卵が近づくにつれオスはメスの腹部を押す行動を頻繁にとるようになる。産卵直前は押し続け、オスの腹側の正中線が波状にたるむ(図4)。



図4 産卵前のペア 
オスがメスに口許を寄せている時の姿勢(Nuzzling)
  July 21, 2003 富戸 石田根吉(030721-1-1.JPG)

雌雄の体は多くの場合、x字状に交差し、互いに海藻面へ押しつけるようにして放卵、放精を行う。この際、卵は明らかに海藻の窪みから勢い良く溢れ出している(図5)。放卵、放精は10秒ほど続く。        


図5 放卵・放精。あふれ出る受精卵 
  
July 19, 2003 伊豆海洋公園 原 多加志(kita.jpg)

 この時に、溢れた卵を捕食しようとする他魚種は認められなかった。卵は直0.6〜0.7mmと小さくて透明なのだが、十字型あるいは星形に癒着した独特の油球(荒井・藤田、1988)を持つために、肉眼でも凝視すると確認できる。

6)産卵の際の他個体の行動

 縄張りオスと2番手のオスがそれぞれ同時に求愛していたが結局縄張りオスが先に産卵させ、その後2番手のオスのもとへ行き追い払った。2番手のオスは相当タイミングが良くないと産卵に参加できないようだ。

 産卵行動に入る前のペアに他個体が近づいた時、同性に対してはオスもメスも追い払う行動が見られた。メスは他のメスが近づくと海藻つつき行動を中止し、かなり遠くまで追いかけて行く。追い払い行動は幼魚に近い小さな個体に対しても行われ、その間オスは近くでずっと待っていた。また、オスが近づくと今度はオスが追い払い行動に入るため、求愛行動はしばしば中断され、産卵にいたるまでには30分以上を費やした(原 多加志氏、私信)。

【疑問】 

・T字ホバリングは雌雄の挨拶行動か?
 この行動のすぐ後に産卵に続くの例は観察されていない。産卵時刻の幅が広いのはメスの卵の成熟時刻が一定でないためだろう。その為、オスがメスの様子を窺っているように感じられるのだが、如何なものだろう。

・海藻の窪みは産卵床なのか?
 メスが海藻をつつくのは、摂餌の場合もあり、産卵に備えて居る場合もある。放卵、放精の際、卵は明らかに海藻の窪みから勢い良く溢れ出している。となると、メスが長時間掛けて作った海藻の窪みは産卵床の準備ではないのだろうか?これについては続報で検討する。

・卵の保護はあるのか?
 多くの場合、産卵直後にオスがメスにまとわりつき、これを避けてメスがその場を立ち去る。このメスをオスが追いかけるため、産卵床には雌雄とも残らない場合が多い。近縁種では卵保護をしないとされているが(Gladstone,1987a, Siekel, 1990)、詳しく観察すると、本種では短時間ではあるがメスが保護行動を行っている。これに関しても続報で詳しく述べる。

・巨大オスは産卵しているのか?
 繁殖は
確認できていない。全くの謎である。

・メスは産卵場所をどう選んでいるのか?
 生息域は基本的に岩礁域で、縄張りの中心部も岩礁域にある。しかし、産卵行動は縄張りの中心部ではなく、はずれの、それも砂地のことが多々ある。砂地にある岩の上などで産卵をするとばらけた卵はほとんど砂地に落ちてしまう。砂地まで産卵に来るメスは何故、縄張りの中心部で産もうとしないのか?これも謎である。



謝辞
 本稿をまとめるに当たり、
藤田矢郎博士からキタマクラの初期生活史に関する貴重なご教示を頂いた。会員の原 多加志氏には写真と観察記録の提供を受けた。ここに深謝する。

文献
荒井 寛・藤田矢郎.1988.キタマクラの水槽内産卵と卵発生・仔魚.魚類学雑誌、35(2):194-202. 

Gradstone, W. 1987a. The courtship and spawning behaviors of Canthigaster valentini (Tetraodontidae). Env. Biol. Fish., 20(4):255-261.

Gradstone, W. 1987b. The eggs and larvae of the sharpnose puffer Canthigaster valentini (Pisces: Tetraodontidae), are unpalatable to other reef fishes. Copeia, 1987,19:227-230.

Kobayashi D.R. 1986. Social organization of the spotted sharpnose puffer
Canthigaster punctatissima (Tetoraodontidae). Env. Biol.Fish.,15:141-145.

Sikkel, P. C. 1990 Social organization and spawning in the Atlantic sharpnose puffer, Canthigaster rostrata (Tetoraodontidae). Env. Biol. Fish., 27:243-254.

山田梅芳.2003.フグ科。Page 1418-1431.in 中坊徹次編.日本産魚類検索:全種の同定.東海大学出版会.東京.

事務局より:この報告は、IOP DIVING NEWS に投稿しておりましたが、廃刊のために掲載にいたらず、ここで公表いたします。これからキタマクラの活動も盛んになると思います。何処にでも居そうな、カメラの邪魔になるだけの魚のようですが、ところがどっこい、面白い。

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