日本ウミガメ協議会のご厚意で、協会機関誌であるMARINE
TURTLERより、「ウミガメ講座」の転載を開始します。
第1回は、松沢慶将氏の「ウミガメが夜に脱出するしくみ」
です。ついで「なぜ子ガメの放流会は保護にならないのか?」良くテレビでも目にする光景ですが、なぜなのか?
案外、誤解もあるようですね。
ウミガメ講座ー2
「なぜ子ガメの放流会は保護にならないのか」
日本ウミガメ協議会 松沢慶将
(日本ウミガメ協議会会報、MARINE TURTLER, 2より)
孵化した子ガメは、一時的に捕獲された後、放流会などで人の手を経て不自然に海に放されることがあります。放流会には地域の子供達とその父兄が参加することが多く、教育および啓蒙効果を期待して行われているようです。しかし、最近の学術的研究によって明らかにされたウミガメの生態と照らし合わせてみると、移植と放流は保護に繋らないどころか、かえってウミガメの生存に決定的な悪影響を及ぼしかねないことがわかってきました。自然界では、子ガメの地表への脱出は夜間に起こります。暗闇の中で脱出した子ガメたちは、仄かに海の方が明るいことを手がかりにして、一気に海へと向かいます。そして、海に入ってからは、波に逆らって泳ぎます。脱出してから約24時間だけは、休むことなく泳ぎ続けます。このような習性は、少しでも大型の捕食者が多い沿岸域からいち早く遠ざかり、保育場に運んでくれる海流に乗って生き残るために役立つと考えられています。
また、ウミガメには地磁気の変化を感じる能力があるのですが、砂浜を駆けたり、波に逆らって一定方向に進み続けてる間に、その基準となる磁場が刷り込まれるのです。ウミガメは、生涯を通じて大洋を大回遊しますが、地磁気コンパスを積極的に活用しているとする証拠が沢山見つかっています。したがって、子ガメが脱出してから海に入って行くまで間は、単に生まれた砂浜を後にして海へ旅立つというだけではなく、その個体の将来にまで深く影響する能力の獲得が行われる過程でもあるのです。一方、放流会に供される子ガメは、事前に確保されるものが多くなるので、すでに遊泳能力が低下して、沖までたどり着ける確率も下がります。数日間保管された中には、うち寄せる波に逆らって海に入っていく余力さえ残っていない個体もいるでしょう。放流会は人間の都合で昼間に行われることが多く、その結果、子ガメが海に入ると同時に、空から狙っていた大型の鳥に捕獲されるという皮肉な光景を目にすることになります。仮に夜間行われたとしても、子ガメの姿を見るためと参加者の安全のために、ライトが点灯されることになります。砂浜を闇の中で歩くことを許されなかった子ガメは、生涯の指針となる能力を身につけもせずに、一体、何を頼りにどこへ泳いでいくのでしょうか? 放流することが保護で有るかのような錯覚がいつの間にか流布していますが、ウミガメの野生生態を無視した独りよがりの善意は、暴力以外の何物でもありません。
本当にウミガメを保護したいのであれば、放流会は止める必要があります。それでも教育的な理由など他の目的から放流会を実施するというのであるなら、少なくとも主催者はこれらのことをしっかり認識した上で、決して保護になるとは謳わないべきでしょう。
ウミガメ講座ー1「仔ガメが夜に脱出するしくみ」
日本ウミガメ協議会 松沢慶将
(日本ウミガメ協議会会報、MARINE TURTLER, 1より)
ウミガメはその名の通り生涯を海で過ごす海洋動物ですが、
その一生は地中動物として始まります。砂の中に産み落とさ
れた卵から、早ければ産卵後40日あまり、遅くても80日ほ
どで仔ガメが孵化します。砂の中で生まれた仔ガメは生き埋
めになってしまうことなく、数日後には地表に脱出してきま
す。巣穴は地表から50cmほども下にあります。一説には砂
浜にできた車の轍を乗り越えられないとも言われる仔ガメが、
そんなに深いところからどのようにして脱出してくるのでし
ょうか?
孵化直前の卵の中で、半分は仔ガメが占めていますが、残
りの半分は羊水や老廃物を含む水分です。仔ガメが卵の殻を
破って外に出るときに、この水分は下へこぼれ、卵の殻は潰
れてしまうので、巣穴の中には余分な空間ができるわけです。
仔ガメが動き出すと、天井の砂が徐々に崩れ落ちます。その
中を這い上がって、仔ガメは上へ上へと移動していくのです。
地表へ向かった仔ガメは、闇雲に掘り進むわけではありま
せん。多くの場合は、10cmほどの深さまで到達すると一旦
そこで待機します。そして、夜になると一斉に脱出するので
す。フロリダの海岸で地表への脱出のタイミングについて詳
しく調べた例によると、約4分の3の脱出は、午後10時から
午前2時までに起こっていました。例外的に大雨が降った後
には日中でも脱出することもあり、特に雨が多い屋久島では
このようなことが頻繁に起こりますが、基本的に仔ガメは夜
に脱出します。なぜ、昼間ではなく夜なのでしょうか?
昼間、砂浜の表面は50℃以上にもなります。仮に仔ガメが
昼間に地表に脱出してしまったら、波打ち際にたどり着く前
に暑さのために死んでしまうでしょう。また、昼間は、目が
よく利く大型の捕食者が空からも海からも仔ガメを狙ってい
ます。仔ガメが夜間に脱出するようになったのは、このよう
に昼間は生存のために不利な条件ばかり揃うからだと考えら
れています。では、仔ガメは砂の中で、どのように脱出のタ
イミングを見計らうのでしょうか?
ヒントは、通常は夜間だけに、そして大雨の直後には昼間
でも脱出することがあるという点にあります。両者に共通す
ることは、地表近くの温度の低下です。実際に、アカウミガ
メの脱出が起こる時の砂の温度を詳しく調べた例によると、
地表の温度が32.4℃以上であることはほとんどなく、最も多
かったのは、これより僅かに低い温度の時でした。また別の
研究では、仔ガメは周囲の温度が高いと、その活動性が著し
く低下することが分かっています。仔ガメは、砂の温度が熱
い状態を嫌い、周囲が適度に涼しくなることを手がかりに脱
出のタイミングを見計らっているのです。
夏、ウミガメの産卵地の砂浜には、いろんな人がやって来
ます。大勢仲間を引き連れてきて、ウミガメについていろい
ろと説明をはじめる人も少なくありません。何食わぬ顔で聞
いていると、「ウミガメは、産卵された時と同じ時間にかえ
るから、仔ガメを見たかったら、産卵したときの時刻を覚え
ておくといい。」とか、「ウミガメの赤ちゃんは、大潮の満
潮になると砂から出てきて海に向かうんだ。」と言う珍説も
飛び出します。
みなさんは、どんな珍説を聞いたことがありますか?