DIVING LOG-BOOK No.002

 AUNJ−BBS(No.103)の中で、浜崎宏美さんが「物語調ですので報告するのが恥ずかしいのですが…」とおっしゃていたコブシメの観察報告を、頼んで事務局に送ってもらいました。同時に、浜崎さんからは、「レポート調に彼らの行動を書き記すにはどうすればよいのですか?」、「私はこれからどんなことに注意を払って観察を続ければよいでしょうか?」というご質問をいただきました。事務局では、送っていただいた観察報告をもとに、この質問に対するアドバイスをさせていただきました。
 このときのアドバイスは、他の会員の皆様方にも参考になるのではないかと思います。そこで、浜崎さんの了承を得て、彼女の観察報告と事務局からのアドバイスをここに掲載することにしました。
 水中観察をされる時の参考にしていただければと思います。
 浜崎さんには、次回はFIELD NOTE に挑戦していただきたいと思っています。楽しみにしています。

「コブシメ日記」
浜崎宏美

さて、本日(4月1日)、志戸子で、ついに【コブシメ】を確認してきました!
2月頃から震えあがるような冷たい海にギュっと身を縮めながら入りつつ・・
そして、今日まで
「まだか!コブシメはまだか!」
とその姿を追い求めてきて、やっと今日という日を迎えることができ、
海の中で私は鳥肌が立ちました。

以下、その状況つれづれのおとです。
毎度の事ながら、付属物が多い物語的文章です。
でも、なんとかリアルに状況を伝えようとしたものです

私はいつもどおり「トトロ岩」まで来ると、ゆっくりと進路を変え
ウスサザナミサンゴ群落まで近づいてゆきました。
すると、そのサンゴの末端近くに、小さいイカが一匹こちらを凝視しています。
最近アオリイカやコウイカの姿は見かけていたので、
(奴はコウイカかな?)と思いつつも、
このペアの片割れがいないか、辺りをゆっくりと見まわしてみました。
すると、サンゴ上部方向にぼんやりとあのコブシメのシルエットが
見えてくるではないですか!
ゆらりゆらり・・・
そやつの外套膜が風を受けてなびくレースのカーテンの様に揺らいでいます。
そいつはがサンゴのすぐ上で、ちらりちらりとこちらを気づかいながらも
卵を生む場所を見定めています。
(この子はメスだな。ということは
中むつまじいとされるコブシメ夫婦の旦那が近くにいるはず・・)
辺りを伺うと・・・おりました。
遠巻きながら、心配そうにこちらの様子を伺っているオスの姿がありました。
私の姿におどおどしながらも、徐々にゆらりゆらりメスの方に近づいてきました。
そのオスはメスより2倍近く体が大きく、
その『げそ』一本何人前か!?と考えるとクラクラする位の大きさでした。
(体長90cm位!)
私のすぐ近くまでくると威嚇特有の白黒ゼブラ模様に体色を変え、
その8本の腕をグニャリと振り上げ
「こっちに来んな!!」
私は苦笑いしつつもお邪魔にならぬ様、
気配を殺しつつ、彼らの行動を見守りました。

そうこうするうちに、
一匹、また一匹とコブシメの姿が増えてゆきました。
何匹かペアがいるのだろうか?と思って見ていると、
その周りの取り巻きはどいつも、
こちらの産卵中のメスの様子に釘づけ!といった感じです。
ピタリと寄りそうオスに隙があろうものならば、
あちらこちらとその取り巻き達がすーっととメスに忍び寄ってくるのです。
その度にその体の大きいオス
(体表面に8の字型の傷あり、名前をハッちゃんとしました★)は
体色をゼブラ模様にフッと変え、その腕をカーっと振り上げ、彼らを追い払うのでした。
また、取り巻きどうしでも激しい喧嘩をしておりました。
以上の状況から判断して、その取り巻きは全てオスです。
その数、なんと7匹!(ハッちゃん含む)
1対7の壮絶な恋のバトルです。

そんな中、メスは黙黙と卵を産んでゆきました。
まず、一つの卵を産む場所をじ〜っくりと品定めします。
そして、ようやく気にいる場所が見つかると、
すっとその腕をのばしサンゴの間に差し込みます。
10秒位してから(その間に卵を定着させる作業をしているはず)その腕を引きぬくと、
「ホッ」とため息でもつく様に一回腕を上げ、体色を黄色く波打たせます。
そうして一つ一つ、時間をかけて丁寧にサンゴの間に産みつけてゆきます。

オスが精子の入ったカプセルを渡すチャンスは
どうやら卵を産み終わった直後が絶好の機会らしく、
ホッとしているメスの腕を自らの腕でコチョコチョとくすぐるかの様に
「ねえねえ、カプセル受け取って」
と催促します。
そして、メスの腕をすっぽりと自分の腕で包み込もうとします。
でも、メスはなかなかその気になってはくれず、
「イヤン」
と、するり・・その腕からすり抜けてしまいます。
と、そこへ様子を伺っていた他のオスが!
それに気づいたハッちゃんの攻撃!「ガオ〜邪魔すんな!」
ハッちゃんが一匹のオスに気をとられていると
新たに違うオスがそのメスに「俺の子を産んでくれ〜!」

自分のパートナーを保持するには、
まずそのパートナーのご機嫌を伺い、そして見守り、
また、他の男どもから必死に守り・・・と
なんて気苦労が多いのでしょう!
それだけ自分の子孫を残すということは
生きていく上での最重要課題なんですね。

がんばれハッちゃん!

コブシメの興奮覚めやらず、以上の感じで思わず書き綴ってしまいました(笑)


【ここからは、事務局からのアドバイスです。】

 物語の場合、イメージを膨らませるために、わざとぼかした表現を使うことがありますよね。でも、観察報告の場合、状況をできるだけ正確に伝えることが大切になります。その際、観察対象である生き物の状態だけではなくて、舞台となる周りの状況も含めて伝える必要があります。それでは、そのためには、どのような点に注意して記録すればいいのでしょうか。送っていいただいた報告をもとに見てみましょう。

1)基本的な観察データ

 日付、時間、水温、水深、透視度などの基本的な観察データは大切です。すぐにはその大切さが分かりにくいかもしれませんが、後でとても大切になってきます。ちなみに透視度と透明度は、測定する方向が違います。透視度は水平方向で測ります。同じポイントで潜る場合は、一度、目印になる岩やサンゴ間の距離を測っておくと、次からは簡単に測定できます。

2)サンゴの種類と分布様式

 サンゴの種類はウスサザナミサンゴでしたね。それでは、分布はどんな感じでしたか。広い範囲に一様に拡がっていましたか、それとも局所的にかたまっていて、周りに比べて特別な場所といって感じでしたか。
 なぜ、分布様式が大切かというと、オスおよびメスの行動に大きく影響を及ぼすことが考えられるからです。オスもメスも少しでもたくさんの自分の子孫を残そうと必死だから、産卵基質であるサンゴの分布様式が違えば、行動も違ってくかもしれないのです。
 もし、産卵基質が非常に限られている場合は、その場所を守ることで、強い、大きなオスはメスを独占しやすくなります。小さな弱いオス達は、これを遠巻きにして、スキを狙う「サテライト」という方法をとるようになるでしょう。
 逆に、産卵基質が一様に広く分布していると、大きなオスは全体をくまなくパトロールして、メスを独占しようとするでしょうが、多勢に無勢で、複数のメスが同時にやってきたときには、いくら強くても守りきれるものではないので、弱いオスでも十分チャンスがあります。
 その場合には、次の問題が生じます。メスが、小さなオスでも受け入れるかということです。どうでしょうね?
 浜崎さんの記録を読んでいると、どうも先に書いた状況に近いのかなって思います。

3)コブシメのサイズ

 一番大きなオスが約90センチだったんですよね。その他の個体については記録しませんでしたか。それでは、90センチ以下のオスはいつもあんな感じで繁殖できないのでしょうか。気になりますね。やはり、全個体のサイズを記録してみましょう。イカ類のサイズは、腕を除いた体の長さ(外套長)を測るのが一般的です。

4)オス・メスの位置関係

 各個体の位置関係をもう少し詳しく知りたいです。それには、海底からの高さとか、個体間の距離などのデータが必要ですね。水中で簡単な絵を描いておくといいですね。

5)体色

 攻撃するときにゼブラ模様になることと、メスが産卵の合間に黄色に体色を変化させることが書かれていましたが、それ以外には気が付きませんでしたか。例えば、攻撃の時と威嚇の時の違いとか、あるいは攻撃されて負けた時の体色とかに、何か変わった点はありませんでしたか。

6)地図

 地図の書き方は、用途によっていろいろあります。ですから、まずは何を記録したいのか、考えてみてください。それが決まったら教えてください。それにあった方法をアドバイスしたいと思います。

7)写真とイラストの利用

 最初に、全体の状況を伝えることが大切だと書きましたが、それを言葉だけで表現することはかなり大変だと思います。できれば写真やイラストを有効に使ってください。

8)疑問点や反省点を残しておく

 報告の最後に、その時の観察で分かったこと、疑問に思ったこと、つぎに知りたいと思ったこと等を書いておけば、次回潜るときの参考になると思います。

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