LET'S WATCHー6
07/31/2006 開始

6.行動を読む

1.キタマクラのT字ホヴァリングを題材に 07/31/2006
2.MOMOの動画映像を題材に 未定

1.「キタマクラのT字ホヴァリング」を題材に

 キタマクラの産卵行動と卵については、既にリポートをアップしました。色々な謎があるのですが、その中で意味を捉えにくかった行動に「T字ホヴァリング」があります。報告者の一人、瓜生さんがこの夏、再び、その謎解きにチャレンジしています。これについて藪田さんから丁寧なコメントを頂きました。
 掲示板でその全てを辿るのは面倒なので、ここで纏めてみます。一部、余吾の判断で強調、削除、追加をしています。また、
・質問:は藪田さんへの余吾の質問です。

関連記事:キタマクラの産卵ー1キタマクラの産卵ー2
関連BBS:2578,2580, 2582-85, 2589-92,2597,2602-03



T字ホバリング
Jun 14, 1992 伊豆海洋公園 瓜生知史(T-hovering.jpg)

 先ず、キタマクラの産卵ー1では、この行動について次のように報告しています。

 雌雄の挨拶行動:縄張りオスはパトロールし、縄張り内にいるメスを探している。縄張り内の成熟メスの個体数ははっきりとは分からない。婚姻色が出たオスは中層を泳いでいるメスを見つけては、近づいて行き、その顔の前に廻り込む。そして、体をやや斜めに傾けて一層青く輝くと共に、顎から腹部、及び背側の皮を伸ばし、体を大きく見せる。メスは多くの場合その時、尾ビレをちょっと曲げ、オスの腹をつつくように近づく。そして、メスがオスを避けても、オスは上記の行動をし、行く手を遮る。このようなT字形の位置関係でホバリングしながら回転しているペアがよく見掛けられた(上の写真)。T字ホバリングはよく見られるが、その直後に産卵に移行した例は一度も観察していないことから、この行動は挨拶行動だと思われる。

 
(さらに最後に疑問として)

 
T字ホバリングは雌雄の挨拶行動か?
 
「産卵時刻の幅が広いのはメスの卵の成熟時刻が一定でないためだろう。その為、オスがメスの様子を窺っているように感じられるのだが、如何なものだろう」・・・と余吾が書いています。


【2578】瓜生さんの書き込みより抜粋

 キタマクラの行動について新しい発見がありました。
今までT字求愛とされていた行動です。
中層に浮いている雌に対して雄が体を平たくし、雌の斜め下をクルクル回る行動です。

 雌に対してだけ行う行動かと思われましたが、体の小さい雄に対しても同様な行動を行います。
この場合、体の小さな雄は雌の体色に変化します。大きな雄が去った後はまた、雄の体色に戻ります。
体の大きさが近寄っている雄同士の闘争で負けた雄は、やはり雌の体色になります。

 また、全長3cmほどの雄とも雌とも分からない個体に対して全長4cm程の個体が同様の行動を行うのも観察しました。

 今までT字求愛と呼ばれていた行動は「挨拶行動」などに変更した方がよろしいかと思われます。

 もう少し詳しく書くと、雌対雄の場合、よく見るパターンは中層にいる雄に海底から雌が突進(ちょっと大げさかな?)し、その直後、「挨拶」をします。
この、「挨拶行動」が産卵期にのみ見られるのか否かはまだ不明です。
雌対雄の行動と雄同士の行動は意味合いが異なるかもしれません。
私のいい加減なところでは、雌対雄は、雌が「まだ産卵の準備が出来てないよ!」と言う行動で、雄同士では「私はか弱い雄だから攻撃しないで」などとも考えています。

 魚でこんなに面白い行動が見られるのは少ないのでは?更に観察をすると、キタマクラの愉快な社会構成が見えてきそうです。



【2580】余吾の書き込みより抜粋
 
 T字ホヴァリングを挨拶行動としてしまうのは問題があると思います。
異なる意味合いを含むかも知れない行動を表現するのは慎重にした方が良いですね。

それで、「キタマクラの産卵ー1」ではT字求愛と言う表現は避けました。
「T字ホヴァリング」と行動のパターンを示す言葉にしたんです。
行動の意味を知るのは難しいですね。
補注:今、読み返すと、挨拶行動だろうとかなり強く書いていますね^^

この辺りは藪田さんが詳しいです。藪田さん、如何でしょう?


【2582】藪田さんの書き込みより抜粋

 「挨拶」行動については、単純な割り切りがなかなか難しく、単純に割り切るとかえってその本質をつかみ損なうことがあります。

そこで、議論の土台となるよう、3点ほど整理します。

1) 挨拶行動の定義

 見知らぬ個体同士の初めての出会いや、一時的に離れていた個体同士の出会いにおいて、その最初に交わされる特定の行動パターン。次の機能のどちらかまたは両方をもつ。

(A)その出会いが攻撃的なものへ移行しないようにする

(B)個体間の協力的な絆を強める。

2) 両義的ディスプレイ:複数の異なる文脈で用いられるディスプレイ

 闘争のような敵対的文脈(一方が逃げ出し、他方がそれを追いかけるといった反発的結果につづく)と求愛のような非敵対的文脈(攻撃無しに一緒に居るという結末)の両方で用いられるディスプレイのことは昔からよく知られています。このようなディスプレイを、私は「両義的ディスプレイ」と呼んでいます。こいつと「挨拶」は何か進化的な関係があるのでは?、と私は思っています。


・質問:
 ディスプレイというのは、誇示、あるいは顕示とも訳されると思いますが、その種に特有な(ある場合は雌雄どちらかだけに特有な)姿勢、行動、体色の変化等を指すと理解して良いのですか?

・回答:Sept. 21,2006
 
ディスプレイの定義としては「コミュニケーションのために進化した行動や姿勢」とするのが良いと思います。

 これらの行動はしばしば特別な形態や色彩を伴います。しかし、形態や色彩そのものはディスプレイとは呼ばない方が良いでしょう。というのは、行動や姿勢
は、するーしない(ON-OFF)を動物が決めることが出来ますが、形態や色彩はずっとONだからです。その意味では「体色変化」はディスプレイと呼んでよいと思います。

 種に特有であるかどうかは、特にこだわる必要はないでしょう。例えば、ラテラル・ディスプレイ(体の側面を他個体に誇示する行動)は、広く、多くの魚類にみられます。

 上記の定義には「コミュニケーションのために進化した」という言葉が含まれています。しかし、これをきちんと証明する事は難しいことです。というより、その証明自体が動物行動学の大きなテーマです。だから、この定義は理論的かつ理想的なものと言えます。実用的には「動物の社会的相互作用に関与していると思われる定型的な行動」という定義になるでしょう。特に「よく目立ち、繰り返しや静止(見栄を切るような)を含んだり、その文脈において「場違い」な 印象を与えるような奇妙な行動」はディスプレイと呼ぶのがふさわしいでしょう。というのは、そういった特徴は、その行動が信号進化のプロセス(古典的用 語では儀式化)を経ていることを暗示しているからです。


 例えば有名な「両義的ディスプレイ」には、カモメ類の長鳴きやチョーキングがあります(Tinbergen, 1959)。これらの行動はなわばり闘争で用いられると同時に、番い形成儀式やペアの出会い儀式で用いられます。ティンバーゲンは、後者の儀式のことを「挨拶儀式」とも呼んでいます。

 古典的例をもうひとつあげるなら、シクリッド類のラテラルディスプレイとテイルビーティングがあります(Baerends & Baerends, 1950)。サンゴ礁魚類では、ミスジチョウチョウウオのテイルアップディスプレイが両義的ディスプレイであり、パートナー間の間違った攻撃を予防する機能を果たしています(従って「挨拶」と呼ぶことが可能です)。詳しくは、「魚類の社会行動2」かMOMOの映像「ペアパートナー間で行われるミスジチョウチョウウオの側面誇示」の映像と解説をご覧下さい。一夫一妻のテングカワハギでも類似の行動があるそうです。

 「挨拶」という用語は、タツノオトシゴやヨウジウオの行動を形容するのにによく使われます(論文でも挨拶/greetingと表現されます)。MOMO所蔵の「イシヨウジの挨拶行動」で見ることができます。この行動は、カモメやチョウチョウウオの行動と違い、闘争での使用ははっきりしません。他には、アノール類(トカゲ)のヘッドボビングディスプレイは♂♀両方が同じディスプレイを行い、その文脈も両義的のようです。

 さらに、哺乳類(例えばヒヒやジャッカル等)の「挨拶」で用いられる行動の多くは「両義的」あるいは「多義的」に試用されます。

3)対称性の問題

 交渉としての対称性の問題も「挨拶」を考える手がかりになるのではないかと思います。
MOMOのコラム「あいさつと対称性」
http://www.momo-p.com/column/index.php?oid=60989&bsn=45
もご覧下さい。

 カモメ類、ミスジチョウチョウウオ、シクリッド類、テングカワハギの「挨拶」行動は対称性の高い行動です。♀♂共に行い、相互ディスプレイ(交渉している2個体の両方が同じディスプレイを行う)になることも頻繁です。しかし、余吾さんが例に挙げておられた霊長類の行動のように、劣位から優位個体へ対して行われる行動は対称性が低く、相互ディスプレイになることはほとんどありません(チンパンジーのパントグランドなど)。

 前者(対称性が高い挨拶行動)に比べると対称性の低い後者の行動は、攻撃的動機付けとの関連が薄いように思われます(むしろ「怯え」や「逃避」の動機付けとの関連が伺える)。対称性の高いタイプと低いタイプには、進化的起源に違いがあるかもしれません。カモメ類で言えば、番い形成の際に♀が見せる、餌ねだり行動が、形式としては対称性が低くなっています(ただし、「逃避」動機付けとの関連はよくわからない)。

さて、

 T字ホバリングは、上記定義の機能A、つまり、「その出会いが攻撃的なものへ移行しないようにする」を果たしていると期待されます。もしそうなら、それは挨拶と呼んでもいいと思います。

 個人的にはミスジチョウチョウウオやシクリッドの行動と同じ類ではないかとも思います。

・質問:ディスプレイには、その前後の個体の間にどのような関係が生じたかをよく観察しないと、特有の姿勢、行動、体色の変化等だけでその意味を知るのは難しいと言うことですね。

保留

 そこで、さらに深く理解するため、次のことを教えていただけると嬉しいです。

1) 攻撃的交渉で類似の行動や行動パターンは観察されないか。
2) ♀は行わないのか。
3) ♂同士の出会いで使用される場合、両個体が同じ行動をとることはないのか(相互ディスプレイになることはないのか)。
4)以下の記述は♂♀が逆ですか?
> もう少し詳しく書くと、雌対雄の場合、よく見るパターンは中層にいる雄に海底から雌が突進(ちょっと大げさかな?)し、その直後、「挨拶」をします。
5)T字ホバリングに対する、相手個体の反応行動はどのようなものですか?


【2585】上の藪田さんの質問についての瓜生さんの回答

> 1) 攻撃的交渉で類似の行動や行動パターンは観察されないか。

 キタマクラの攻撃的交渉は雌雄それぞれで見られます。
体の大きさが類似している雄は中層で向き合い口を開けて威嚇します。最終的にはぶつかり合い(もしかすると噛みついているかも知れません)もしくは弱い雄が体色を雌の色に変化させ逃走します。
 攻撃的交渉で類似の行動などは見られません。

> 2) ♀は行わないのか。

 雌の場合は産卵前の巣作りの時など他の雌が寄ってくると追い払います。この時体色や体型の変化は見られません。

> 3) ♂同士の出会いで使用される場合、両個体が同じ行動をとることはないのか(相互ディスプレイになることはないのか)。

今のところ、雄同士の「T字挨拶」は全長が大きく異なる個体同士で行われるため相互ディスプレイになることはありません。

> 4)以下の記述は♂♀が逆ですか?

> > もう少し詳しく書くと、雌対雄の場合、よく見るパターンは中層にいる雄に海底から雌が突進(ちょっと大げさかな?)し、その直後、「挨拶」をします。

 雄と雌が逆のようですがなんと雌が雄の元へ突進します。人間的感情をいれると「慌てて雄の元へ泳ぎ上がる」みたいな感じです^^

> 5)T字ホバリングに対する、相手個体の反応行動はどのようなものですか?

確か小さな個体はずーっと雄の横腹を見ていたような気がします。


【2590】藪田さんの書き込みより

 コミュニケーションについて考えるときは、ひとまず「意味」を脇においておく方が良いと思います。直接観察できる「行動」に焦点を当てて行きましょう。

 用語ですが、ここでは「行動」を1個体の行うものとし、2個体のやり取りによって推移していくものを「交渉」と呼ぶことにします。

 ここで、「交渉」は双方の「行動」のやり取りによって展開していくこと、そして、それが最終的にどうなるのかは、どちらか一方の意図だけで決まるものではないことに注意しておきたいと思います。

 このあたり、恋愛のことや、商売のことや、政治のことや、外交のことを考えれば解り易いかと思います。どちらも片方の思いだけではどうしようもありませんよね。

・質問:2)の「 両義的ディスプレイ:複数の異なる文脈で用いられるディスプレイ」について。
文脈という言葉は「意味合い」或いは「意味」と置き換えても良いでのでしょうか?
文脈とは行動の前後関係の意味です。

 文脈とは行動の前後関係の意味です。ここでは特に、後の方、つまりディスプレイの直後に交渉がどのようになったかが重要です。これを「敵対的」と「非敵対的」に分けてみます。

 「一方が立ち去った(場合によってはもう一方がそれを追った)」り「双方もしくは片方が攻撃を行ったか」の場合が「敵対的」です。「両個体が攻撃的な交渉無しに一緒に居た」場合を「非敵対的」とします。

 もっとわかりやすく言うと、相手を攻撃したり(attack)、攻撃的に追いかけたり(chase)するのが、「敵対的」。静かに一緒にとどまっていたり、ゆっくり一緒に泳いだり、産卵のような共同行動をしたり、が「非敵対的」です。

 敵対的という言葉を使いましたが、英語ではagonisticです。「反発的」と訳されることもあります。aggressiveが攻撃的行動だけをさすのに対し、agonisticは逃げる行動も含みます。2個体が距離をあけようとしている点に焦点があたっています。

・質問:「交渉としての対称性」、この用語も難しいなあ。2)との違いが良く掴めないのですが、社会的な地位に左右されない行動、あるいは雌雄とは無関係な行動という意味でしょうか?

はい。それが一つの対称性です。平等性といった方がいいでしょうか。
もう一つ、外見上の問題として、交渉している2個体が同じ行動を行う(ことがある)という対称性もあります。相称性の方がいいかな。


【2591】藪田さんの書き込みより

・質問:つまり、T字ホバリングは、「出会いが攻撃的なものへ移行しないようにする」という相手を宥める意味合いを持つのではないかということですね。

「宥め」についてまとめてみましょう。

 私は「宥め」のもっともよい例は、子供のような行動をして餌をねだる(鳥などによく見られる)とか、攻撃的な相手に性的な行動をする(霊長類でよく見られる)などであろうと思います。人間によく見られる行動としては、緊張した場をユーモアや笑いで和ませる、というのも良い例だと思います。

 これらの共通点は、攻撃的な気分にある他個体に対し、別の気分を引き起すことで攻撃的気分レベルを下げる、ことにあります。この別の気分(養育行動や性行動に関する気分)というのが重要です。(動物行動学では、ここで言う気分のことを「動機付け」と呼び、「宥め」のことを「再動機付け」と呼んだりします。難しいですね。)

 さて、「出会いが攻撃的なものへ移行しないようにする」ことは、必ずしも「宥め」を意味しないと思います。例えば、敵意のないことを示す行動(相手の眼を見ない、まっすぐ近づかない、等)は、攻撃的気分を下げるます(少なくとも高めない)。しかし、別の気分を高めることでそうするわけではない、ということです。哺乳類の出会い時の「挨拶」にはこのタイプが多いように思います。

 もう一つ、逆説的だけれども重要な方法があります。それは、わざわざ敵対的な行動をとることです。

 攻撃しようとして向かってきた相手に対し威嚇を行うことで、相手はひるませ攻撃を思いとどまらせることができます。ここでできた時間を使って、情報交換が行われれば、激しい攻撃に移行する前に交渉を納めることができるかもしれません。外交交渉で、戦争を回避するようなものかもしれません。

 具体的には、お互いが相手の覚悟や闘争能力を「見定め」、直接闘争をせずに決着をつけるケースがあります。また、誤解をとくことで闘争を回避することもあります。ミスジチョウチョウウオの間のパートナー識別の間違いによる攻撃をテイルアップディスプレイが未然に防いでいるのがこの例にあたると思います。

 T字ホバリングが、どのような方法で「交渉が攻撃的に移行しないように」しているのか(「宥め/再動機付け」なのか、別の方法なのか)は、まだわかりませんね。



【2592】藪田さんの書き込みより

 なるほど、攻撃的交渉とは関係が少なそうなのですね。とすると、余吾さんの言われるように「宥め/再動機付け」行動なのかもしれません。

 いろいろな文脈での使用例を映像で見れたら面白いです。

 ♀が突進、というのは面白い。この突進時に♂と♀の両方の写った映像があるといろいろなことが読み取れるかもしれませんね。

 もう少し質問してもよろしいでしょうか。

1)♀が「慌てて雄の元へ泳ぎ上がる」時に、攻撃的な気分(♀の)は感じられますか?
2)彼らの社会構造や繁殖システムについて、簡単にまとめていただけませんでしょうか。
3)出会う前(出会うまで)の雌雄の行動はどのようなものなのでしょうか。彼らの社会構造と関係づけて説明いただければありがたいです。


【2625】08/06/2006 藪田です。仕事で頭がパンクしてしまったので、とうとう逃げ出してしまいました。
子供といっしょに海で過ごして少し正気が戻ったので、復帰しました。

> 個体識別が出来るのなら、大幅に発展します!!
> 保証します。ね、藪田さん。(余吾)

はい。動物行動学における個体識別は、天文学における望遠鏡、素粒子物理学の加速器のようなものですから。人は言います。動物行動学が個体識別なのか個体識別が動物行動学なのか、それは現在の科学では解明できていない謎です。

さて、瓜生さんのおっしゃるように、T字ホバリングを「挨拶行動」の観点から理解するには、攻撃行動との関係を探る事が大切だと思います。

私は挨拶の問題を考える時に、ローレンツの指摘をよく思い出します。彼は、攻撃性がなければ友情や愛情はありえない、というような逆説的な言い方をしました。イワシの群れのような相互に攻撃性のない群れに友情があるだろうか? と言うわけです。彼は、友情や愛情の基盤に「君は攻撃しないよ、他の連中とは違うから」という攻撃抑制を見ていたわけです。

私も彼の見方に基本的に賛成します。特に挨拶行動の攻撃抑制機能に着目するのであれば、その動物の攻撃性をよく理解することが不可欠だと思います。

というわけで、キタマクラの産卵1も参考にして彼らの攻撃的行動をまとめてみました。
あってますでしょうか。

興味深いのは、これらの記述にT字ホバリングと同じ行動要素があるように思える事です。♂同士の闘争では、青い体色、背の皮を伸ばすこと、体を傾けることが共通しているようです。また、♂から♀への攻撃的行動は、速度を除けばT字ホバリングに非常によく似ているようです。これらのことは、T字ホバリングが両義的ディスプレイである可能性を示唆しているように私には思われます。

1)♂同士:「オスは縄張りを持ち、産卵期とその前後には闘争がよく観察できる。オス同士は体色を青く変化させて向かい合い、腹中線と背の皮を伸ばし、口を開け歯をむき出して威嚇し合う。時には体を傾けながら間合いを狭め、噛みつき合いの闘争へ移行する。」(キタマクラの産卵1)

2)♂から♀:「縄張りオスは産卵直前のメスを他の雌雄から守る。」(同上)また、「放精後に一旦産卵床を離れたオスは再び帰って来て、(自分の産んだ卵の上で)クルクル回っているメスを見つけるとそれを激しく追払った。メスを中層に追い上げて強烈なT字ホバリングを見せることもある。それは、前報で報告の挨拶行動と考えられるT字ホバリングより遥かに速く回転した。」(同上)

3)♀から♂:「摂餌中の雌が突然雄の元へ泳いで行きました。上方へ行けばT字ホバリングになると思いますが、今日は海底に沿って雄の元へ素早く泳いで行きました。雄はこの行動により、その場を移動(勢いよく逃走)しました。」(瓜生さんの書き込み:Re^5: キタマクラ)さらに「お腹の大きな雌は3m四方の縄張りを持ちそこに入ってくる小さな個体を追い払います。」(瓜生さんの書き込み:キタマクラ2)。



【2627】石田 08/08/06

「キタマクラはライフワーク」と心得ている僕ですが(何でも気安くライフワークにしてしまいます)、T字ホバリングについては意味づけするのがまだ怖く、そのままにしています。

昨日こんな光景を見ました。

砂地の小さな紅藻類をつつくメスと傍を泳ぎ回る青いオスのキタマクラを見つけました。

 「これは・・」

と思っていると案の定間もなく放精・放卵。やがて2匹はその場を立ち去ったたのですが、そのまま離れた場所から様子を伺っているとメスが戻って来て産卵場所の紅藻をヒレでパタパタ扇ぎながら泳ぎま
す。その間、オスは雌を威圧するかの様に1mほど中層を泳いでいました。すると、それを見つけたメスが、

 「何をあてつけがましくそんな所を泳いでるのよぉ〜」

と言う感じでオスの傍にまでダッシュで泳ぎ上がったのでした。するとオスは即座に体を光らせてT字ホバリングの状態に入りました。

> 前報で報告の挨拶行動と考えられるT字ホバリングより遥かに速く回転した(瓜生)

とある通り、確かに高速回転でした。その時のオスは、

 「もう卵を産んだんだからさっさと何処かへ行け。邪魔なんだよ」

という感じです。そうして結局オスはメスを追い払いました。しかし、メスは直ぐに戻って来ます。オスはそれを阻止したいかの様に振舞います。

オスの威圧→メスの卵保護→オスの上空回覧→メスの泳ぎ上がり→高速T字ホバリング→メスの一次退散

この一連の動きが4回も続いたのです。ここで気になったのは、

>(オスは)メスを中層に追い上げて強烈なT字ホバリングを見せることもある(瓜生)

ではなく、今回観たT字ホバリングは直接には明らかにメスが仕掛けたものであった事でした。そして、「挨拶」や「宥め」と言ったものではなく、両者にかなり強い「攻撃性」が感じられました。「攻撃」
の言葉が不適切ならば「苛立ち」と言えばよいでしょうか(ここで言う「挨拶」「宥め」「攻撃」とは難しい用語ではなく、ごく当たり前の日本語としての使い方です)。この辺は瓜生さんの観察とも共通する面があるのかも知れません。

と言う事で、かなり多義性がありそうなので、僕はまだ何らの意味づけをせずにそのままです。

8/8 写真3枚と共に

キタマクラの写真です。
撮影は、8月6日(日)、富戸・脇の浜、水深10m、転石・砂地、水温:22℃ でした。

産卵後にメスがヒレをパタパタしながら泳いでいるところ。
矢印がメスがつついていた場所(産卵場所)です。
やはりメスの下腹部が膨れているのがちょっと気になります。

この後に、メスの泳ぎ上がり→T字ホバリング→メス退散→再び卵保護(?)にを繰り返しました。

産卵場所のクローズ・アップ。ざっと見る限りでは卵は見当たりません。

海藻をその付着した小石ごと持ち上げたところ。
下の砂地に、十文字の特徴的な油球をもった卵がビッシリ見えます。



【2629】藪田さん、石田さんの書き込みに対して 08/07/06

石田さんの文章を共感をもって読まさせていただきました。

> と言う事で、かなり多義性がありそうなので、(石田)

かつてミスジチョウチョウウオのテイルアップディスプレイ(TD)を私も同じ気持ちで研究しておりました。そのような多義的な行動が、彼らの社会を複雑で豊かなものにしていると思っています。

> 僕はまだ何らの意味づ けをせずにそのままです。

私もTDについて、何か「意味」を感じさせる表現、例えば「威嚇」や「求愛」等、をあてることを極力避けてきました。ただ、最近になって、ティンバーゲンにならって「挨拶」という言葉を使ってはどうかと思うようになりました。

>かなり多義性がありそうなので、

このような多様性を含んだ言葉として「挨拶」を使うことはできないでしょうか。

> ではなく、今回観たT字ホバリングは直接には明らかにメスが仕掛け
> たものであった事でした。そして、「挨拶」や「宥め」と言ったもの
> ではなく、両者にかなり強い「攻撃性」が感じられました。「攻撃」
>の言葉が不適切ならば「苛立ち」と言えばよいでしょうか。(石田)

非常に面白いと思います。攻撃的気分にある♀の接近に対して♂がT字ホバリングをしたということですね。そして、♂の側にも攻撃的気分が感じられる。もしそうなら、私が想像しているような行動(カモメ、ミスジチョウチョウウオ、テングカワハギなどの行動と類似の)であるかもしれません。

>そして、「挨拶」や「宥め」と言ったものではなく、両者にかなり強い「攻撃性」が感じられました。

「挨拶」をしている個体が攻撃的気分にあることもあってよいように思います。例えば、人で言えば、対立していた者同士の停戦交渉、手打ち、などの冒頭で行われる行動はどうでしょう。

私はすぐに攻撃せず少し保留すること(pause attack)は極めて素朴な(あるいは原初的な)「挨拶」だと思うのです。そうして作られた非攻撃的な時間に、攻撃を避けるための様々な情報交換が可能になるからです。ここで重要なのは、その時に行われる行動自体が何かを伝えているというよりも、それが何かが伝わるための条件になっているということです。そういった行動に「意味」をつけることは極めて難しくなります。それは、いろいろな物を入れることのできる箱のようなものだからです。

ただし、このような行動も、既にあげたような「挨拶」の機能的定義でを採用するなら、「挨拶」と呼べるかもしれません。(この定義には、「挨拶」がどのような気分で行われるかは含まれていません。例えば「挨拶とは友好的な気分で行われる行動である」といったような定義にはなっていないことがポイントです

定義:二個体が出会う時に行われる定型的行動パターンで次のいずれか(もしくは両方の)機能を持つ。

1)攻撃が行われることを防ぐ、
2)2個体の絆を強める。

また、「挨拶」が攻撃抑制の機能を持つなら、「挨拶される側の個体は、攻撃的気分があることが多い」と予想できます。ですから、石田さんの観察は、T字ホバリングが攻撃抑制の機能を持つ(♀の攻撃を予防する)ことを示唆する証拠と見なすこともできます。

私は直接観察していないのでよくわかっていないことも多いと思いますが、このT字ホバリングのような多義性を感じるような行動は社会行動の多くの部分に含まれていて、まだまだ研究がされていない領域なのだろうと思っています。それは行動学的に大変面白いテーマなはずだと信じています。

これらの多義的行動の中には、例えば、攻撃的な気分で行われるけれども、結果として重大な攻撃が行われることを予防する機能を持つような行動があり、それらは彼らの社会を複雑で豊かなものにしていると思うのです。人の社会もそうではないでしょうか。

皆様の、非常に面白い観察を教えていただいてとても知的に刺激を受けました。ありがとうございました。


【2641】藪田さん、石田さんの書き込みに対して 08/11/06

単純な意味付けを拒むような行動をつかまえるため、まずは、その行動の「ルール」に着目して考えることが有効な方法の一つではないでしょうか。
例えば、

>  「儲かりまっか」
>  「ぼちぼちでんな」

というやり取りには、「意味はない」かもしれないけれども、ある種のルールはあると思うのです。

出会ったら「儲かりまっか」と言う、それに対しては「ぼちぼちでんな」と答える、単純ですが、このようなルール(お約束)を知らない者が相手であれば、まったくこのやり取りは成立しません。そうであれば、石田さんの奥様の言われる「そういう意味」すら出てきません。

ルールというのは、個体に対して、ある行動をどんな時に行えば良いか、と、その行動にどんな反応をしたらよいかを指示するものです。

T字ホバを使った交渉には、どんな「ルール」があるのでしょう。そういった視点から観察してみるのも面白いのではないでしょうか。

私は一夫一妻のペアで暮らすミスジチョウチョウウオのテイルアップディスプレイについて、そのルールを調べました。この行動を含む交渉の行動連鎖は、次の3つのルールでかなりうまく説明できました。

ルール1)接近されたらディスプレイせよ
ルール2)ディスプレイされたらディスプレイせよ
ルール3)接近もディスプレイをしていない他個体を攻撃せよ

ただし、このルールにいつ従うかを決める一段上の決まりも必要で、こちらは付帯条件と呼びました。ここで、気分とか認知とかにやや踏みます。二つあります。

付帯条件1)これらのルールには、その場を立ち去るつもりの無い時に従え例えば、自分
のなわばりにいる時、等)。
付帯条件2)これらのルールは、相手がペアのパートナーでない時に従え。

このルールと付帯条件は、個体に対して指示を出すものです。だから、付帯条件2に関して言えば、相手が本当はパートナーであったとしても、ある個体がその他個体をパートナーだと思っていない時には、ルールに従うはずです。ある意味、個体の「主観」や「思い込み」で行動が行われる可能性もあることになります。

というわけで、この3つのルールを用いて、彼らのパートナー認知の不確実さについても調べてみました。そして、彼らがパートナーを侵入者と間違うことのあること、そのような間違いによって、パートナーを攻撃してしまう場合すらあること、しかし、そのような不適切な攻撃は上の3ルールによって(つまりディスプレイ)によってある程度予防されていることを明らかにできました。(自分の研究の宣伝でした)。

経験から言えば、意味を棚にあげたままで研究を進めるのに、ルールという考え方は、かなり有効なように思うのです。

「意味」は考えれば考えるほど大変です。「意味の意味」という分厚い本(結構な名著らしい)を見つけたときはクラクラしました。

>  「意味なんかあれへん」
> 「でも、そういう意味があるんでしょ」

院生時代に、「やぶたの言うことはようわからん」と言われましたが、それはたぶん私が上の二役を1人でやってしまっていたからだと思います。一人で「意味なんかない」と言い、同時に「そういう意味がある」と言う。わかりにくいことこのうえない。

意味には、あるレベルで決まる意味もあれば、その上のレベルで決まる意味もあります。
「上」のことを「メタ」と言いますが、メタレベルのメタはメタメタのメタと言われるぐらいですから、意味の話がややこしいのは、もう仕方ないことなのでしょう。(だから、できるだけ必要になるぎりぎりまで、棚の上にあげておくのがいいだろうと思うのです。)

ー続くー
事務局より:
07/31/2006
 僕自身、勉強になります。
 言葉でのやり取りはなかなか難しいですね。具体的な例を挙げて下さっているので MOMO に登録されている動画を是非、ご覧になって下さい。そして、その映像の中の行動について質問や意見を寄せられたら、互いが同じベースを持つことができ、話が正しく発展しやすいのではないかと思います。
 また、動画でなくとも、何枚かの組み写真と説明でもかなりのベースになるだろうと思います。

09/02/2006
 T字ホヴァリングがこれほどまでに語られ、繰り返し見つめられるとは思いませんでした。
 僕はかって、モイヤーさんの「イルカガイド入門」(現在は「ドルフィン・インタプリター入門」(海苑社)」として発売されている)を訳した時、「friendness」、 「friendship」、「friendly」等という英単語をどう日本語に置き換えるかで大変悩みました。モイヤーさんが言いたかったのは、「イルカは人間の友達」、「イルカと心の交流が出来る」、「イルカが人を癒す」、「イルカの微笑み」等というキャッチコピーのようにいとも軽々しく使用されている表現、あるいは態度を咎め、「イルカは確かに人に対し、友好的に振る舞うことがあるし、一緒に遊ぶこともあるが、厳然とした野生動物で、時には人に対して、あるいは同種に対し極めて凶暴になる生き物である。イルカがヒトに対して友好的に振る舞うことはあるが、友情が成立することはない」と言うことを言いたかったのですね。
 藪田さんのコメントを読んでいて、「友好的な気分」、「攻撃的な気分」とあるのを読んで、思い出した事柄でした。

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