研究レポート No.001

タンガニーカ湖に潜って
ーブルンジ調査顛末記ー

文・写真 須之部友基(千葉県立中央博物館)

 1993年8月下旬,初めての海外旅行,初のアフリカに旅立ちました.目的はタンガニーカ湖に潜水してカワスズメ科魚類の生態調査をすることでした.同行したのは隊長で北大水産学部の仲谷一宏さんと大学院生の高橋さん(現 滋賀県立琵琶湖博物館)です.図1を見て下さい.アフリカ大陸の真ん中あたりに細長いタンガニーカ湖があります.湖といっても,幅50km,長さ600kmもあり,湖畔から水平線が見える海のようなもので,周辺はブルンジ,タンザニア,ザンビア,コンゴ民主共和国という4つの国に囲まれています.今回は湖の北端にある面積が四国ほどの小さな国,ブルンジに滞在しました.


図1 タンガニーカ湖の位置

(1) さあ着いた,湖に潜りに行こう,ダメ!

 ブルンジの首都ブジュンブラに着き,まず始めたのは家(図2)を借りることです.なにしろ4ヶ月の滞在です.ずっとホテルというわけにはいきません.やっと家を借り電話を引き,空港から荷物を引き取ろうとしたときのことです.なんと税関の係官が法外な額の手数料?を要求(スワヒリ語でマタビシといいます)。中谷さんが毎日、空港に出向き約1週間かけて1割に値切ってやっと引っ張りだしました。そんなこんなでウェットスーツを着て湖に入るまで,到着してから2週間もかかってしまいました.


図2 借りた家の庭.
家賃5万円程度で首都の郊外にベッドルーム4つ,
シャワールーム2つに広い庭の付いた豪華な家に住めた.

(2) なぜカワスズメ科を調査するのか? 

 調査について述べる前に,なぜわざわざアフリカに行ってカワスズメ科の調査をするのか説明します.タンガニーカ湖は100万年の歴史を持つ古い湖でその間,他の水系とほとんど交流がありませんでした.そのため,特にカワスズメ科魚類が種分化を繰り返し,多くの固有種がいます.私が興味を持ったのは繁殖行動で,海の魚だと卵は産みっぱなしか,保護をする種でもほとんどは雄が孵化までつきそう程度です.ところがカワスズメ科では両親が孵化後もかなり大きくなるまで保護を続けることが知られています(雌のみが保護に当たる種もある).さらに大きくなった子供が自分の妹や弟の世話をする「ヘルパー」が存在する種もあります.そこでハゼ科魚類の繁殖生態を研究してきた私は,ぜひカワスズメ科魚類を研究してみたいと考えました.

(3) Julidochromis marlieriの社会構造


図3 ギタザから見たタンガニーカ湖.対岸はコンゴ民主共和国.

 調査地は首都ブジュンブラから車で30分ほど走った場所にあるギタザという場所でした(図3)..岸から10m程進むと大きな岩がごろごろある斜面になり,深みに落ち込んでいきます.調査対象に選んだのはこの斜面に生息するJulidochromis marlieri(以下ジュリド)です(図4).20mx6mの観察区を設定し,そこに出現する個体を頭の模様によって全て個体識別します.この結果,67個体が生息していることがわかりました.次にこれらの個体がどれくらいの範囲を動くのか観察区の地図上に出現位置を書き込んでいきます.大きさにより行動圏の広さは異なりますが,全長7-10cmの成魚で半径2-4mくらいの範囲を動きます.行動圏の中では底生動物を食べて生活しています.


図4 Julidochromis marlieri はペアか単独で行動している.

 しだいに観察になれてくると岩の間に巣を構えている個体が見つかり始めました(図5).結局,観察区内には全部で7つの巣が見つかりました.巣の中には全長1〜2cmの稚魚が3〜6尾いました.サイズの異なる2尾の成魚が子供を守っています.外見では性別はわかりませんが,Yamagishi and Kohda (1996)は本種がペアの中で大きい方が雌,小さい方が雄と報告しています.さらに5つの巣でペアより小さい第三の成魚も見つかりました.これは恐らくヘルパーでしょう.観察が進むにつれ,観察個体の中で一番大きな個体(全長13cm)が2つの巣を掛け持ちしていることがわかりました.もし,この個体が雌ならば動物の中では珍しい一妻二夫の可能性が高くなります.


図5 ジュリドの巣.正面の岩の下が巣で,
ペアの片方がちょうど中から出てきた.

 婚姻関係と共に興味深いのは種間関係です.Lepidiolamprologus elongatus(図6)のような魚食性の魚が巣穴に接近すると,親やヘルパーは子供を守るため追い出します.さらに面白いことがわかりました.ジュリドが巣を構えている岩場では,Neolamprologus savoryi(以下サヴォリ)という全長が5cm程の小型の種類がたくさんいて,縄張りが敷きつめられたようにあります(図7).この魚は全長が5cm程でジュリドより小さいのですが気性が荒く,ジュリドが縄張りに侵入すると激しく追い立てます.このため,巣を構えているジュリドは近くで餌をとることができず,少し離れた場所まで移動しなければいけません.しかし,悪いことばかりではありません.サヴォリは共通の敵ともいうべき魚食性の捕食者も追い出してくれます.実際,ジュリドの巣の周辺では捕食者が接近する前にサヴォリが撃退するのが観察されました.


図6 Lepidiolamprologus elongatus
いかにも「肉食魚」という顔をしている.  


図7 Neolamptologus savoryi
雄が複数の雌とつがいになる一夫多妻の社会を持つ.

(4) クーデター勃発!そして帰国

 ブルンジに来てから2ヶ月たち,研究も生活も順調でした.しかし,10月21日の明け方,銃声とズシーンという地響きで目が覚めました.海外青年協力隊の水野さんから電話があり「クーデターが起きて市内は戦闘状態」とのこと.多数派のフツ族政権に対する少数派のツチ族が反乱を起こしたのです.いずれにしても調査を続けるなど不可能な状態になり,1週間後には高橋さんと共に海外青年協力隊のご厚意でベルギーに脱出して帰国の途につきました(仲谷さんは9月下旬に帰国).それにしても,クーデターの前日までは物資が豊かで平和だった国がたった一晩であっけなく戦争状態になったのは,信じられないことでした.今でも,平和な日本に着いたときの,つい何日か前まで危険な場所にいたことが嘘のようで,夢でも見ていたような気分を忘れることができません.

(5) おわりに

 調査については,当初の予定では個体識別したジュリドをすべて捕らえ,性を正確に判別し,親と子および親とヘルパーの血縁関係をDNAで明らかにするつもりでしたが,全てオジャンになりました.しかし,種間関係を個体の行動のレベルで観察できたことは収穫でした.中途半端なデータになってしまいましたが,この時の結果は下記の論文でようやく日の目をみることになりました.

Sunobe, T. (2000) Social structure, nest guarding and interspecific relationships of the cichlid fish Julidochromis marlieri in Lake Tanganyika. African Study Monographs 21(2): 83-89.

 もう一度タンガニーカ湖に行きたいという気持ちがつのり,1995年に再度,湖の南端の国ザンビアを訪れることになります.その時のことは機会があればご紹介したいと思います.
 
 タンガニーカ湖の魚類については以下の本が参考になります.
堀 道雄 編(1993)シリーズ地球共生系6・タンガニーカ湖の魚たち-多様性の謎を探る.平凡社.

戻る