LET'S STUDYING


 WEB SEMINARの新シリーズです。「和名を考える」編を連載します。

 次のような順序(予定)で進めたいと思いますので、お付き合いください。

はじめに
1)和名を付ける過程−1
2)和名を付ける過程−2
3)和名の問題−1 ・和名とは?
          ・混乱は今に始まったことじゃない
          ・フォーラム
       −2 今ある問題
       −3 今後に向けて
4)分類と採集

生物の分類 

1。和名を考える 3−1

関係BBS 440,441,442,443,444,447,454,467

【和名の問題】

 最初に整理しておきたいと思います。瀬能 宏さんから
頂いたものを紹介します。僕が瀬能さん宛のメールに書い
た「英名、和名というコモン・ネームがもたらす混乱」と
言う表現に対し、注意していただいたものです。

・和名とは

 私(瀬能)は和名というカテゴリーは、生物の分類群ご
とに与えられる標準和名とその他大勢の和名(地方名、商
品名など通俗名)に大別されると考えています。そして、
標準和名は例えば種や属など、分類単位ごとに固有性を求
めるため、これは固有名詞であるべきだと考えています。
一方、その他の和名はひとつの分類群にいくつ名前があっ
てもかまわないので、これらは普通名詞であると思ってい
ます。英名は英語圏で国ごとに名称が異なることが多く、
それらの名称は互いに排除されないので、これは普通名詞
であり、正にコモンネームなのです。標準和名は固有名詞
なので、どこに言っても不変です。アメリカに行ってもボ
ラはボラのままであり、その表記はBoraとなり、Bは大文
字で始めるべきなのです。普通名詞であれば小文字で始め
るべきであり、事実、生物の英名は一般に普通名詞として
扱われています。以上のことを簡単にまとめると次のよう
になります。

●和名

標準和名:分類単位ごとに与えられる固有な名称、固有名
詞として扱うべきの。
 その他の和名:都合に合わせて与えられる通俗名、普通
名詞として扱うべきもの。
 ※愛称は個体に対して与えられれば固有名詞だが、ここ
では通俗名に含まれるであろう

●英名
 その他の和名と同様、普通名詞として扱われる。

 以上のことから、「英名、和名というコモン・ネーム
がもたらす混乱」という表現は厳密に言うと正しくありま
せん。コモン・ネームはもともと固有性を求めていない
(統一を求めていないし、必要もない)からです。真意は
通じないかも知れませんが、ここでは「標準和名と単なる
和名(通俗名)の違いに対する認識の差がもたらす混乱」
とでも言い換えるべきだと思います。

 また、セミナーの最後の設問の「では、標本が無い場合
存在のは っきりしている生物に、名前を付けることが出来
ないのだろうか?」ですが、私の立場から言えば答えは
「否」なのです。学名を命名する際にどんなに明白なもの
でも標本なしでは行わないことを考えれば容易に理解でき
るでしょう。
                     瀬能 宏

・混乱は今に始まったことじゃない

 1974年に卒論でカミナリベラの研究を始めた頃には、
満足な図鑑がなかった。図鑑の図は殆どが絵であった。
ベラなど10種位ではなかったかと思う。ちなみに、カ
ミナリベラとニジベラは別種になっていた。

 松原喜代松先生の「魚類の形態と検索」では、図鑑に
出ていない多くのベラ類の検索が可能だった。これから
見当を付け、今度は図書館に行き、外国の雑誌や図鑑に
進んで調べた。時間はかかるが、自分なりに答えを探す
のは楽しかった。その作業を通じて、自分のベラ科の図
鑑が出来上がっていった。最近は素晴らしい図鑑が沢山
あるけれども、自分で作った図鑑は今でも役に立つこと
がある。
 凄い図鑑が1975年末に発行された。東海大学出版会
から出た益田・荒賀・吉野3氏による「南日本の沿岸魚」
である。潜水による魚類採集、魚類観察の成果が見事に
集大成された画期的な図鑑であった。しかし、この図鑑
に対しては、故富永義昭先生により、1976年に魚類学
雑誌、22卷4号に厳しい書評が寄せられた。和名に関
する部分を紹介しよう。

○提唱された和名について
 この本で初めて日本から記録された種類などに和名が
提唱されている。提唱された和名は解説の項で、新称又
は仮称と指定されている。仮称の表示は学名が確定して
いない種類に和名を与えた場合に多いようだが、例外も
あり、基準がはっきりしない。
 そもそも新称として提唱された和名と、仮称として提
唱された和名と、取扱い上どのように区分したら良いの
であろうか。立派な印刷物の中で、明確に提起された和
名に新称も仮称も無く、全く新たに提唱された和名とし
て取扱うべきものだと、私は解釈する。無用の混乱を招
くおそれのある新称と仮称の使い分けは望ましくない。
和名を付けるのに不安があるなら・・・の1種としてお
けば良いのであり、この本の中にもそういう例がある。
 和名の採用には、規約も規準もない。私は規約のない
ことをむしろ好ましいと思っている。規則にがんじがら
めに縛られる学名と、自然に、時間の経過と共に固定し
安定する和名(あえて標準和名といわない) の両建てであ
る現状を、積極的に肯定したい。          
 提唱された和名の中、シジュウカラ、ネジリンボウ、
キスジアカボウ等は、どのグル−プに属する魚であるか
は勿論、魚であるのかどうかも判らない。望ましくない
和名だと思う。例えばネジリンボウハゼとする丈で助か
ると思うが、どうであろうか。

 この本はブルトーザー的性格を持っている。この本の
欠陥を一口で言えば、細かい配慮や緻密な検討の不足で
ある。ブルトーザーの入った後には、鍬や鋤でさらに細
かく耕すことが必要となろう。そのような検討が今後の
課題である。

 それにしてもSCUBAの威力と常に潜水して、魚の
生活ぶりを観察している著者らの強みを感ぜざるを得な
い。

 以上が、故富永先生の書評の一部です。1976年です。
その後、これに対する反論はありませんでした。当時、
吉野哲夫氏が「厳しくやられました」と苦笑していまし
たが、批判の通りだと認識なさっていたと思います。
 
 また、「自然に、時間の経過と共に固定し安定する和
名(あえて標準和名といわない)」という表現は、今のよ
うに多くの人々が生物を記録し、色々な場に公開する時
代がこんなに早く来るとは想像もされなかったのかも知
れません。これは、当時の先生のお考えをそのままにし
ておきましょうか。          (余吾 豊)


フォーラム ●が瀬能宏氏のコメントです。

BBS(442)

和名だけに限らず学名にも関わる事なのですが、人名を
魚の名前に付ける例についてです。

例えば、「ミツクリザメ」にも「ミツクリエナガチョウ
チンアンコウ」にも「ミツクリ」の名が付いていますよ
ね。これは恐らく、東京帝大の動物学教室で日本人初の
教授となった(と記憶しています)箕作佳吉さんにちな
んだ名前だと思います。

また、「カモハラトラギス」にも「カモハラギンポ」に
も「カモハラ」の名が付いています。これは恐らく魚類
学者の蒲原稔治さんの名前だろうと想像します。

でも考えてみれば、「ミツクリザメ」と「ミツクリエナ
ガチョウチンアンコウ」の間には何の共通点もありませ
ん。「カモハラトラギス」と「カモハラギンポ」も同様
ですよね。と言う事はこの場合、「ミツクリ」や「カモ
ハラ」というのは当該の魚とは何の関係もない「記号」
と同様の意味しかないのではないでしょうか。

分類学を志す人にとっては「自分の名前を冠した新種を
発見する」というのはひょっとしたら大きな夢なのかも
知れません。それは理解できます。でも、新しく付けら
れる標準和名というのはその発見者だけのものではなく
日本人・人類共通の財産となるべきものだと思います。
それならば、その魚らしさが表わされた豊かな日本語で
命名して欲しいと願うのはわがままでしょうか。

(ただし、僕の知る限り、最近の標準和名には人名由来
の例は少ない様に思います。それは、上のような事を皆
さんお考えになった結果なのでしょうか)

●人名を標準和名に付けることについて
 上記の疑問には大きな誤解がありますね。人名由来の
標準和名は命名者が名誉欲で自分自身の名を命名してい
るのではありませんし、その魚と無関係でもありません
研究材料の提供者やその生物の発見に寄与した人などに
敬意を表して命名したものです。例えばダイバーならよ
くご存じのヤノダテハゼですが、そのハゼの存在情報を
最初に研究者へ提供し、標本の入手にも尽力された矢野
維幾さんに敬意を表して命名されたものです。つまり、
研究に最大の協力を惜しまなかった方に献名する行為は
分類学者の感謝の気持ちなのです。こうした行為に対し
て違和感を持つ方がおられるということを私も最近まで
知りませんでした。何年か前にいきなり批判されて面食
らったというのが正直な気持ちです。生物の名称はその
生物の特徴に基づくべきであるとの見識は尊重せねばな
りませんが、分類学の基本は標本であり、その標本の入
手には通常、たいへんな困難を伴います。それを考える
と、献名という行為も尊重されるべきだと思っています
もちろん、ご本人が迷惑だというのであれば話は違って
きますが。

BBS(443)
これから6月頃にかけて、富戸のやや深場(-30m位)
ではタナベシャチブリが見られる事があります。この魚
の学名を見るとその種小名はtanabensis(タナベンシ
ス)となっています。〜ensisは、地名を形容詞化する
時の接尾辞だそうなので、「タナベ」というのは地名
なのでしょう。紀伊田辺かどこかなのでしょうか。

また、ヒメサツマカサゴの学名は、Scorpaenopsis
iop(スコルパエノプシス・イオプ)です。この種小名
のiopは恐らく海洋公園・IOPのことでしょう。

このように、魚の名前に地名を付けるのも人名の場合と
同様に僕は反対です。田辺の海からハゼやスズメダイ、
エイの新種が発見されるたびに「タナベハゼ」、「タナ
ベスズメダイ」「タナベエイ」なんて命名されては混乱
してしまいます。その魚がその地の固有種であることが
確実そうならともかく、そうでないならば、地名はその
魚とは関係のない「記号」に過ぎません。「タナベ」と
聞いても共通するイメージは我々には全くないのです。

 だから、やはりその魚の姿や生態・住処、或いは味、
伝説などなどに相応しい豊かな日本語の名前を付けて欲
しいと思うのです。

●地名を学名や標準和名に使うことについて
 地名がついた学名ですが、これはその魚と無関係どこ
ろか、大いに関係があるのです。学名を付ける際にたっ
た一個体の基準となる標本が指定されますが、これをホ
ロタイプと呼んでいます。このホロタイプの産地をタイ
プ産地と言いますが、学名の地名はおそらくほとんどが
タイプ産地を示しています。産地がわかることで分類学
的な判断がやりやすくなることも多いので、研究者サイ
ドからみるとこれはあまり違和感がないのです。
ただし,気をつけなければならないのは標準和名に地名を
用いる場合です。実際に採集された場所にちなんで付け
る場合はまだよいのですが、例えば学名がGobius
hawaiensisというハゼがいたとしましょう。ハワイが
タイプ産地というわけです。このハゼが日本で見つかっ
たとしましょう。そこでハワイハゼという名前を付ける
わけです。ところが後にハワイと日本の個体群の間に種
レベルの違いが見つかり、日本でGobius hawaiensis
と同定されていたものは日本に固有なまったくの別種で
あることがわかったとします。こうなると日本の固有種
の和名がハワイハゼという訳のわからないことになって
しまいます。従って、名称に地名を用いる場合は実際に
その標本が得られた場所にちなむ必要があるのです。

BBS(444)

人名や地名ではなく、その魚の特徴を捉えた名前を付け
ようとしたとします。背ビレが長いから「ヒレナガ」を
名前に入れようか、鮮やかな体色だから「ニシキ」を入
れようか、仲間の種類よりは南方系だから「ナンヨウ」
をつけようか・・・等と考えたとします。

でも、ちょっと待って欲しいのです。
ヒレナガのつく標準和名は「ヒレナガアオメエソ」「ヒ
レナガイワシ」「ヒレナガカエルウオ」「ヒレナガカサ
ゴ」など16種類あります。ニシキは13種、ナンヨウは
25種です。その他ヒレグロは12種、ヒメにいたっては
60種以上です。

魚の特徴を表現できる語彙は限られていて、それを順列
・組み合わせで取っ替え引っ替えして命名しているよう
です。すると、確かにその魚の特徴を表した名前ではあ
るのに、何だかどこかで聞いた気がして、どれもが似た
名前になってしまう気がするのです。

しかも幸か不幸か、日本初記録の魚の種類は毎年増えて
いるようです。
どうか、「その魚らしさを表現した日本語」でありなが
ら「手垢の付いていない言葉を駆使した」名前にして欲
しいと願うのは、これまた無いものねだりのわがままで
しょうか。
・・・・・

●ごもっともです。命名する人たちは皆同じ気持ちであ
ることは間違いありません。理想的な名前が思いつけば
よいのですが、これがやってみると難しいんですよね。
中には思い余って(と言うよりも何も考えずに)不適切
な名称を付けてしまうこともあります。このサイトを借
りて名称を公募すれば少しはよい名称が付くかも知れま
せんね。

 瀬能



事務局より

延々と縦に長いフォーラムになりましたが、大変参考に
なるものだと思います。次の、3 - 2「今ある問題」で
は不適切な和名の例、標準和名のローマ字表記の問題な
どを取り上げたいと考えています。こうして、今までの
問題点を浮かび上げさすことにより、今後の展望がはっ
きりすると考えます。
また、最後に考えているのは、採集のことです。皆さん
採集行為について、お考えがあると思います。対象は、
魚以外でも構いません。ご意見をBBSへどうぞ。

戻る