LET'S STUDYING - 5

WEB SEMINARの新シリーズ「生物の大量発生と対策」編を掲載します。
          2.「殺し屋」海藻 イチイヅタ

          1)イチイヅタの記事
          2)イチイズタ・キラー株のプロフィール

関連記事:「今、周りの海でー海を渡る生物」
関係BBS:851,852,857,867,868

 5/26の朝日新聞朝刊に、地中海から分布を拡大しているイチイヅタという海藻の話が出ていました。海底を覆いつくして繁茂するこの海藻は「殺し屋」海藻とも呼ばれています。 


図1 海底を覆い尽くして繁茂する



図2 警告のポスター

「殺し屋」海藻 イチイヅタ

1) イチイヅタの記事

 1999年12月に石垣島でのシンポの際に1冊の本を頂きました。「Mer Vivante (The Living Sea)」という冊子の1999年8月号で、フランスのニースにあるLions Club Nice-Doyen と言う団体が発行しているものです。この中に、イチイヅタの人為的な分布拡大に対する警鐘記事が出ていました。

 初めてこの海藻の写真(図1)を見た時に「美しい」と感じました。この海藻の学名はCaulerpa taxifoliaといいます。

 根のような構造を持ち、海底を這うstolonと呼ばれる地下茎の様な部分から垂直に羽のような葉体が立ち上がっています。この葉体はYew treeと呼ばれるイチイ(針葉樹)の葉に似ており、種小名もラテン語でイチイを指す taxus と葉を意味する folium に由来しています。

 この海藻は0m付近から水深 50m までも生育します。元々、熱帯、亜熱帯の浅海に分布している緑藻なのですが、美しいことからヨーロッパの水族館などに持ち込まれ、そこで低温に強いキラー株が現れ、これが海へ流失し、地中海で急速に大繁殖したのです。分布の拡大の理由は、姿が美しいために飼育水槽に重宝され、そのルートから拡がること、また、船のアンカーに引き抜かれて別の場所へ分散する、あるいはバラスト水への混入など、人為的な原因によっています。また、低温にもかなり強いこと、および毒素を持ち、藻食性魚類から食べられることがないこととが天然域での大繁殖を加速させたのです。

 警鐘のポスターに「決して海に捨てるな!ゴミ箱に放り込め!」と書かれていることからも理解できます。

 この海藻は、1984年にモナコ沿岸で発見され、最初は1Fであったのが、
1990 には3ha、1991 には30ha、1992 には427ha、1998には5000 ha
以上に達したとされています。

 朝日新聞の記事に戻ると、日本では1992、93年に日本海石川県能登島沿岸で発見されていますが、冬季の低水温に耐えられないと言うことです。もし、太平洋岸に現れると一気に爆発的に増える可能性があります。また、近年、冬季の水温が高いことは、もうすぐ、石田さんのレポートではっきりするでしょう。ただし、何故、今になってこの警鐘が出たのかはわかりません。




図3 地中海での繁茂状況(1998年の状況)
緑色の小さい丸は1000F未満、次いで1000F〜3haを示し、
大きな丸は5000ha以上を表しています(1ha=10000F)



事務局より:
「沖縄海中生物図鑑・第6巻・海藻・海浜植物」新星図
書(1988)には沖縄の浅海に生息する海藻として掲載さ
れていますので、今後暖かな日本沿海でこの海藻を見つ
けても、直ちに大騒ぎするのは控えないとなりません。
 また、よく似た仲間もいますので、注意しましょうね
加えて、日本海で見つかったのは、能登の水族館から流
失したものとみなされており、これが地中海から世界中
に拡がりつつあるもの(いわゆるキラー株)とは断定で
きません。新聞記事は注意しなくてはなりませんね。
 先ほど、講師の新井章吾さんとお話ししましたが、詳
しい方を紹介いただきました。連絡を取って、この記事
へのコメントも頂き続報を出したいと思います。

 
 2)イチイヅタ・キラー株のプロフィール

 (株)海藻研究所の新井章吾さんよりイチイヅタの資料提供を受けました。
科学技術特別研究員の内村真之氏の総説と、新井さんが石垣島で撮影された写真です。



 図4 石垣島白保の礁原に生育するイチイヅタ

 写真では、通常のイチイヅタが生育する様子を示しています。このイチイヅタと地中海に出現したキラー株はどんな点で異なるのか、内村氏の総説より抜粋してみましょう。

(1)地中海イチイヅタの特異性

 この単一種による海底の被覆は世界では全く例を見ないものであり、本来の熱帯、亜熱帯に分布する天然のイチイヅタと地中海のイチイヅタには大きな相違のあることが分かっている。
 亜熱帯、熱帯のイチイヅタは20℃以下では生存できないし、生息水深は30mまでなのに対し、地中海のものは10℃以下でも生存し、水深100mまでも分布している。
 イチイヅタは本来、他のイワヅタ類と同様に雌雄同株であり、有性生殖が一般と考えられているが、地中海のものは現在のところ無性生殖(栄養生殖)しか報告されていない。
 また、毒性の強いことも大きな特徴で、通常の含有量よりも
10倍以上のcaulerpenyne という物質を含み、この毒はウニ
の卵や幼生の発生、成長異常を起こす。この毒性のために捕食
者が存在しない。

 これらの特異性により、その拡大の早さは驚異的であり、単に海藻の群集構造を変えるだけでなく、漁場としての地中海の資源枯渇の問題も懸念されている。

(2)無性生殖とは

 イワヅタ類の無性生殖(栄養生殖)殖え方には次の3タイプがある。
a.波浪などで匍匐茎がちぎれ、2つの藻体に分かれる。
b.伸びた匍匐茎の途中が一部死んで、2つの藻体に分かれる。
c.数ミリの破片からでも出芽して大きな藻体に成長する。

 この内、cの生殖方法は地中海のイチイヅタだけに見られるものである。

(3)毒性
 
 イワズタ類は全般に、テルペン類のコーレルペニンという毒性を持った物質を含むのが特徴である。この物質は、生物の解毒作用を担うチトクロームを破壊し、その作用を阻害する。さらに、チトクロームが持つ性ホルモンの生産をも阻害することから、他の生物の繁殖にも多大な影響を与えることも懸念されている。

(4)その他の特徴

 地中海のイチイヅタは栄養塩の欠乏による成長の低下がみられず、他の強豪種との生存競争に強い。干出による乾燥には弱いが、湿度の高い船倉内などでは10日間も生きている。

(5)地中海への侵入の起源

 様々な説が提唱されたが、現在は水族館から排出された飼育水に混ざって海に拡がったとみなされている。

(6)成長速度

 藻体の僅かな1片からでも成長し、1年後には7F、2年後に
は28F、年々、同心円状に直径3m位ずつ拡大していく。藻体
の一部が別の場所へ移動して定着するのは船のアンカリングや漁
網への付着などの人為的な要因が最大と見られる。また、波浪な
どによる藻体の流出もあるが、これは移動距離が小さく、それほ
ど大きな要因とは考えられない。

(7)他の生物への影響

a.植物相への影響
 海底の全面的な被覆により、他の植物の定着する基質を奪う。
特に地中海における藻場の重要種、顕花植物のPosidonia oceanica に与える影響が深刻である。
 
b.動物相への影響
 端脚類、多毛類、ウニ類の種数、個体数の減少。魚類にはまだ、顕著な変化は認められていない。

(8)人間生活への影響

a.地中海の海洋生態系の破壊
b.漁業、観光、海洋レジャー産業への被害
c.被覆域での浚渫工事の禁止
d.毒性物質の人間への影響(想定されうる)

以上です。
内村真之 1999 地中海のイチイヅタ 藻類、47巻:187-203 より抜粋

 

戻る