LET'S STUDYING - 6(3)
 
 このセミナーは、BBSで話題になっている生物について、
  情報を提供し、会員の方からの質問を引き出し、さらにそれに
  答えていくものです。

      
魚類の性(SEXUALITY IN FISHES)

1.性が変わる 6/12/02
2.変わりやすいのか、変わりにくいのか(新しい時代)7/1/02
3.婚姻システムと性転換(発展期)7/25/02
4.婚姻システムと性比(発展期2)

   関連BBS:936,937,939,941,943,945

3.婚姻システムと性転換(発展期)

1)三宅島
 1977 年の夏、初めて三宅島を訪れました。東海汽船の混雑振り
にも驚きました。都会から、わずか6時間ほどで美しい島へ渡る
ことが出来るのですから無理もないのですね。モイヤーさんが敬愛
していた医師の田中達男博士の名前を冠したTMBS(Tanaka
Tatsuo Memorial Biological Station)には、5,6人の外国人
が滞在していました。もう、お名前は殆ど忘れましたが、その中に
有名なイソギンチャクの研究者、Dunn 博士がいました。

図12 当時のモイヤーさん
(TMBSにて、車はいすゞのユニ・キャブというジープ)

 毎日、モイヤーさんの案内で色んな魚の産卵シーンを見せてもら
いました。クマノミ、ニシキベラ、スジベラ、ムナテンベラ、レン
テンヤッコ、アブラヤッコ、シマウミスズメなど。モイヤーさんと
中園さんが共同研究のレンテンヤッコの産卵を見ていた夕方のこと
です。レンテンヤッコのオスが高く泳ぎ上がり、体を水平にして波
打たせながらメスを誘います。グライダーが飛ぶような感じなので
soaring と呼んでいました。各個体は頬や鰭の部分の斑紋で見分け
ていました。産卵の後、オスの方が先に降下します。そのことをモ
イヤーさんに話すと、「レンテンのオスはちょっとずるいだよ」と
片目をつぶっていました。僕は邪魔にならないように離れていたの
ですが、僕の目の前で、キンギョハナダイが狂ったように産卵を始
めました。実に興奮しました。

 戻ってから興奮しながらモイヤーさんに話すと、「調べてみます
か?」と微笑みながら聞いてきました。「是非」と応えると、「で
は、貴方の魚にしましょう。」というので、その言い方が面白いな
と思いましたまた、「Shapiro という人が紅海で調べているので、
急いだ方が良いですね」ともアドバイスを受けました。実はこの時
には、東海大学でも駿河湾でのキンギョハナダイの研究がすでに進
んでいました。論文や翌年の学会の準備が溜まっていたので、翌年
から集中して始めることにし、モイヤーさんに予定を告げて帰りま
した。

 この時代、Randall 博士が良く三宅島に来ていました。僕は三宅
では一緒になりませんでしたが、中園さんは博士にお会いし、彼の
標本写真の撮影方法に驚き、早速、まねを始めました。Ranndall方
式とは、鰭を綺麗に拡げた魚を水槽に横たえ、照明を工夫してバッ
クを黒く抜く方法です。これに感化された研究者はとても多いはず
です。カメラはマミヤの2眼レフを使っていたそうですよ。僕も早
速、ガラス屋に注文して水槽を作り、ブルーのフラッドランプを準
備し、接写台を改造して、まねを始めました。困るのは、荷造りが
大変なこと、ランプをつけるとやたら暑いこと、照明に蛾が寄って
きて水に落ちると鱗粉が水面に拡がり、台無しになること、また、
ヌノサラシのように体表から粘液を出すものは、水が濁り、魚体は
白濁し、無理な場合もありました。難しいのは、浮き袋や腸管の空
気を抜いておかないと安定しないことや、丸い胴体の魚はなかなか
水平にならなくて、裏側に支えをしないとゆらゆら動くことでした
汗だくになって癇癪を起こし、肛門から細長い鉛を入れたこともあ
ります。乱暴なやっちゃ!

2)社会構造の研究

 1978年に魚類学会で「浅海の魚類の生態−水中観察と記録から」
というシンポジウムが開かれました。明仁親王も出席されました。
井田 斉・故安田富士郎がコンビナー、講演者は、桑村哲生、益田
一、ジャック・モイヤー、中園明信、山本泰司、余吾 豊、吉野哲
夫(アルファベット順、敬称略)でした。桑村さんのホンソメワケ
ベラの社会構造の講演に僕は瞠目しました。個体識別に基づく長期
観察から個体関係が見事に描き出され、「体長差の法則(size
principle)」として分かりやすく、簡潔に社会構造が捉えられてい
ました。この講演に驚いたのは僕だけではないのは勿論のことで、
聴講者からも見事だという賛辞が寄せられていました。
 桑村さんは、サルをやりたくて京大理に進んだのですが、南紀白
浜での臨海実習で、すっかり海の虜になったそうです。

 さて、この「体長差の法則」というのはどういうものでしょうか

 桑村さんのホンソメワケベラの白浜における研究は、1972年ー
1979年にわたるもので、その成果は学位論文となり、その内容は
Kuwamura (1981,1984) に印刷発表されています。ホンソメワケ
ベラがハレム社会(ハレムは厳密にはメスの集合を指すものです)
を作っていることは、Robertson(1972) のオーストラリア、へロ
ン島における研究で明らかになっています。桑村さんの業績は、その
ハレム社会の中での個体間関係を詳細に明らかにし、これを「体長差
の法則」として明確にしたものです。

 1982年か83年の事だったと思います。三宅島にいるときに、桑村
さんが原稿をモイヤーさんに送ってきました。意見を聞くためです。
潜水の合間に、彼は研究室にこもってずっとその原稿を読んでおりま
したが、やおら大きな声で叫びました。「桑村さんは全部、分かって
いるだよ!」というのです。彼の日本語は、時々変なのです。アメリ
カンスクールの教員として、日本の社会研究のために、日本のカツオ
船に数週間、乗り込んだことがあり、その時の漁師言葉の影響を強く
受けていたのですね。ともかく、この「全部」という意味は、全ての
個体という意味なのですが、彼は少し興奮していました。体長差の法
則について、桑村さんの原図を紹介します。


図13 体長差の法則

図では、AとBの2つのグループを示しています。グループを構成す
る個体を体長の大きい順に上から並べ、体長の等しいものは横に並べ
ています。グループAをみると、オスの下にメスと幼魚が縦に2列並
んでいます。最大のメス2尾は互いに行動圏をずらして、なわばり関
係にありますが、自分より小さいメスや幼魚とは行動圏が重複してい
ることを示しています。このようなグループの中にある行動圏を重ね
ている集合を primary group と呼びます。このグループAでは2つ
の primary group から成り立っているわけです(これを分割型ハレ
ムという)。この primary group の中では体長に基づく順位性があ
り、同じグループ内での primary group 間同士ではなわばり制が出
来ているわけです。野外では、一つの primary group だけから成る
グループも見られます(共存型ハレム)。

 図の primary group では、小さいメスの行動圏が両方のグループ
に跨っていますが、このような個体もあるそうです。一般に、順位関
係は大型個体同士で厳しく、オスは、大型のメスに最も威圧的です。
これは、将来の性転換の候補となっている大型メスの性転換を抑制す
るものでしょう。キンギョハナダイでも同様な事が知られています
(Shapiro, 1979) 。一方、小型個体同士では順位関係が弱く、群れ
への帰属も曖昧になる傾向があります。将来的に性転換の候補として
は未知である小型個体に対しては社会関係が希薄なのでしょう。一般
に、教科書などでは、社会が順位制なのか、なわばり制なのかという
区分けをしがちなのですが、長期にわたって観察をすることにより、
このような社会がある法則に則って維持されていることが、水中とい
う不利な研究条件下で明らかにされ、しかも、その結論が非常にクリ
ヤだったことに驚いたのでした。桑村さんとRobertson博士の研究成
果は、桑村(1987)に整理されています。

3)レックとは?

 1978年、シンポジウムを終えて、論文の投稿も済ませ、7月に
三宅島へ出かけました。TMBSには新しいスタッフが居ました。
マーサ・ザイザーという女の子で、調布市のアメリカン・スクール
の高校2年生くらいだったでしょう。いつも夕食を作ってくれまし
た。彼女は、夏期休暇を三宅島で過ごし、魚類の繁殖行動をレポー
トとして、理科の単位を取る予定で一緒に潜っていました。ウェッ
トスーツの上着は人のお古を使い、下は運動用のジャージでした。

図14 モイヤーさんとマーサ(シマウミスズメをチェック中)

 三宅島へ行く前から、手紙で計画を伝え、キンギョハナダイは
夕刻に産卵するので昼間は何を調べるかを相談していました。当
時、モイヤーさんのサンセットダイヴの目的はシマウミスズメで
した。前年に下調べをしていたムナテンベラを共同で調べないか
と提案を受けていたので、午前にキンギョハナダイ、午後にムナ
テンベラ、夕方にキンギョハナダイを調べるというプランで落ち
着きました。

 さて、モイヤーさんと知り合って幸運だったことは沢山ありま
すが、色々な外国の研究の最前線を早く知ることが出来たという
点があります。モイヤーさんの手紙の量は凄いもので、出す方も
多いけれども、毎日届く手紙の量も膨大でした。大學にいて、印
刷された論文を知る前から、いろんな情報を彼から受け取ること
が出来ました。とくに、スズメダイ科、キンチャクダイ科、ベラ
科等の研究情報は早く、豊富でした。もう一点は、モイヤーさん
は鳥類にも詳しく、鳥類での研究情報も沢山持っておりました。

 さて、ムナテンベラを調べ始めると、伊ヶ谷には2つの産卵場
があり、そこに毎日、午前中から多くのオスが集まって、繁殖縄
張りを構える。メス達は遅れて午後にそこにやってきて産卵する
のですが、どうも、産卵場の中央になわばりを構える大きなオス
のところにメス達が沢山やってきて産卵している。鳥類の婚姻シ
ステムに詳しかったモイヤーさんは、直ぐにレックに似ていると
感じ取ったのですね。セージライチョウという鳥のレックについ
ては、Wiley (1973) が詳しく報告しています。これについては
日経のサイエンス別冊{動物の行動と社会生物学」でも日本語で
紹介されました。鳥と魚という違いはありますが、とてもよく似
ているのです。

 さらに、1978年には「Contrasts in Behavior」という本が
出版されました。その中に、Loiselle and Barlow (1978) が
「Do fishes lek like birds ? 」という論文を出しました。ま
さに、煮詰まっていた時期かなと思います。但し、似ている点は
多いのですが、根本的に異なる点があります。それは繁殖様式と
子育ての問題でした。セージライチョウは交尾をし、メスは藪に
戻ってそこで雛を産んで子育てをします。オスは一切、子育てに
関わらず、交尾となわばり争いに熱中します。一方、ムナテンベ
ラは、オスに関しては同様ですが、メスは浮性卵を産むので、子
育てはせず、毎日、産卵場に通って、中央部になわばりを構える
優位のオスと産卵を繰り返します。セージライチョウでは、メス
は交尾の後、妊娠と子育てのの時期があるので、交尾場所へ通う
メスは段々に少なくなります。それだけ、オス同士の争いも熾烈
になるわけですね。ムナテンベラでは、このようなメスの減少は
起こらないのです。婚姻システムを考える上では、性比の問題が
とても重要な要因となります。

 

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