3.卵の確認 8/14/02
石田さんより、卵の採取と観察結果が届きました。良くまとめられていますので、そのまま、ここに紹介します。
キタマクラをめぐる冒険 石田 根吉
海藻に産み付けられたキタマクラの物と思しき卵を前回報告しました。ところが、あれがキタマクラの卵という証拠は何もありません。既に産み付けられていた何か別の卵を偶然見ただけなのかも知れないのです。ひょっとしたら、卵ですらないのかも知れません。
そこで、もう一度キタマクラの産卵を観察する事にしました。同じ様な位置に同じ様なものを見つける事が出来れば、キタマクラの卵の可能性は一気に高まるでしょう。
しかも、今回は卵と思しきものを採取してジックリ観察してみる事にしました。
観察と採取は8月4日と11日の2回にわたって行いました。それぞれのキタマクラの産卵状況は以下の通りです。
8月4日-午前9時15分、富戸・ヨコバマ、岩場、水深9m、水温25℃。
8月11日-午後1時45分、富戸・ヨコバマ、岩場、水深6m、水温21℃。
僕は、キタマクラは午前中に産卵するという印象を強く持っていましたが、8月11日の午後1時45分というのは今まで見た中で最も遅い時刻の産卵でした。
いずれの日も、キタマクラのメスが海藻をついばみ、オスがその腹部から背鰭に口付けするおなじみのポーズを見せていました。間もなく2匹は頭を上にしてお腹を合わせて放卵・放精。その後、やはり、白く小さな粒々が2匹の下から溢れて来ました。
まず、この流れ出る粒々を自作のプランクトンネットで採取するつもりでした。 が、いざその段になると戸惑ってしまいました。粒々が溢れて来る間も2匹はまだその場で腹部を合わせたままです。それを追い散らかす様にネットを振るのはさすがにはばかれたのでした。
仕方なく、産卵場所と思しき海藻を覗いてみました。
図3 卵の粘着位置
上の写真は8月11日の産卵場所です。矢印で示したのがメスが作った窪みです。そして、白い点々が卵と思われるものです。すると、窪みの口やその中にも確かに卵は少なからずあるのですが、もっとも密度が高いのはその左下3cm程の場所であることが分かります。8月4日の産卵でも、やはり、窪みの下5cm付近が最も卵密度が高く見えました。
そして、下がこの白い点々の等倍写真です。
図4 産出されたばかりの卵群
透明の小さなガラス球の中に白い点々が幾つか集まっている様に見えます。前回報告した時のものと同じです。
「やっぱりこれはキタマクラの卵に違いない」
と海の中で嬉しくなってしまいました。
この卵は、以前見た時と同様、手で扇いで強い水流を送るとフワーッと幾つかが舞い上がりました。そこで、それをガラス瓶に掬い取って採取し、Ex後、早速、実体顕微鏡(20倍)で観察してみました。
図5 受精卵と未受精卵(産卵後1時間)
「おおっ!」
思わず僕は声を上げてしまいました。「白い粒が葡萄の房の様に束ねられ、それが透明な球に包まれている」という構造がよく分かります。この白い粒が浮力を調整しつつ栄養源にもなるという「油球」と思われます。
また、今回、余吾さんに受精卵の見分け方を教えて頂きました。一旦受精した卵は、それ以上の精子の侵入を防ぐために、卵膜の表層が浮き上がって一種のバリアが張られるのだそうです。これを受精膜と言います。そして、そのバリアの内側に隙間が生じ、それを囲卵腔と呼ぶのだそうです。よってその有無が受精卵と未受精卵を見分けるポイントになるのだとか。
上の写真の二つの卵の内、矢印で示した方に確かにその薄い隙間が見えるのが分かるでしょうか。下側が未受精卵と思われるものです。この時点で産卵後1時間程度です。なのに、早くも誕生への前進を始めているなんてちょっと感激でした。
ちなみに、この囲卵腔は黒い背景(今回はボトルの黒いプラスチック・キャップ)に卵を置き、斜めから照明を当てるとよく分かりました。
この囲卵腔は、8月4日の卵で12個中10個、8月11日で33個中29個で見られました。受精率はおよそ9割近くもあるのです。ほとんどの卵が生きているんですね。
つづいて、この卵を海水と共に定規の上に垂らして直径を測定してみました。
図6 卵径の測定
およそ、0.6〜0.7mm程度と言ってよさそうです。この値は、「日本産稚魚図鑑」に報告されているキタマクラの卵の値とよく一致しています。
また、この卵をスポイトですくってから改めて海水に垂らすと、比較的簡単に沈んで行きました。また、顕微鏡下で卵の位置を変える時には爪楊枝でそっと突付くのですが、楊枝の先が卵に一旦触れるとかなりしつこくくっ付いてしまいました。つまり、「沈性粘着卵」と言ってよさそうです。
さて、こうして卵をこうして一旦採取してしまうと、
「瓶の中で孵化するんじゃないか」
と期待してしまいます。僕は、アクアリストの方が持っているような水槽を持っていませんので、卵を200ccの瓶に入れたままで望みを繋ぎました。ただ、海水は毎日交換(富戸から持ち帰った海水)し、室温は26℃に保ち(仕事で家を空けている間も卵の為にエアコン入れっぱなし)、スポイトで時々空気を送る程度の世話は続けました。
図7 発生はここまで
ところが、ここまででした。やがて卵の表面に苔の様な物が生えて、非常に小さな生物が卵膜上を動き回るようになってしまいました。やはり、水温を管理し、水流を送り、空気を供給するような装置が必要なようです。
このように、残念ながら孵化にまでは至らなかったものの、キタマクラの卵については様々なことが分かってきました。でも、産卵行動についてはまだ分からない事だらけです。第一、産卵前にメスは何のために海藻を口で突付いて窪みを作るのでしょうか?
最近、僕はこんな風に考えています。
キタマクラが放卵放精タイプであることは間違いありません。でも、一瞬の内に卵と精子を産み放つベラなどとは違い、キタマクラは3〜5秒程度は連続的に放出し続けているように見えます。しかも、放卵放精の後が白く濁って暫く中層に漂っているベラとは異なり、産み付けられた卵はサラサラと流れていきます。あの流れは、キタマクラ自身が作ったものでしょう。
卵または精子、あるいはその両方はかなりの勢いで放出されているのではないでしょうか。それが混じり合ってあの窪みの中で激しく攪拌されるのです。つまり、あの窪みは、卵と精子をかき混ぜるミキサーの役割を果たしているのではないかと思うのです。ミクロな目で見たら、あそこで卵と精子はゴーッと激しく攪拌されて一気に受精が進むのではないでしょうか。ところが、卵は、手で扇いだだけでも舞い上がってしまうほどの粘着力しかありません。キタマクラ自身の作り出した水流でたちまち窪みから飛び出してしまいます。でも、本質的に沈性卵ですから、付近の海藻に舞い降りるという訳です。
できるなら、「ミクロの決死圏」の潜航艇に乗ってあの窪みに潜り込んでみたいものですね。
以上、海藻に産みつけられた卵を偶然見つけたことから随分遠い所まで来てしまった気がしますが、車窓を流れていく風景は全く飽きる事がありませんでした。
事務局より:根気の居る仕事ですが、一歩ずつ、進んでいきますね。
産卵後に周辺から沢山見つかるという状況証拠に加え、油球の特異な集合状態からキタマクラの卵であることは間違いありません。また、窪みの下、数センチの処に粘着し、高い受精率を示していることからキタマクラの卵は、その多くが、ここで発生していくのではないかと考えられます。図7では、胚体の形成らしきものが見えますが、残念でした。