FIELD REPORT 005

研究レポート第5号です!今回は複数の方の合同作品かな?
「キタマクラの産卵」 石田根吉・原 多加志・瓜生知史ほか
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7/28 開始 8/11 更新



ログブック「初めての伊豆」でキタマクラの産卵のことを紹介しました。原さんからも写真や観察結果(7/24 受信)が寄せられ、石田さんからもレポートが届きました(7/28 受信)。瓜生さんともこの話を続けていますので、今回は合同制作と言うことで進めて見ましょう。

1.先ず、卵の話から 7/28/02
 石田さんと原さんから寄せられた写真とメールを紹介しましょう。とても面白い着眼や疑問があります。

 石田さんのレポートを下に。

 2002年7月14日、午前10時ごろ、水温21℃、富戸脇の浜にてのことです。水深4mの岩場(丈の短い紅藻類に被われる)でキタマクラのペアを観察していました。メスは海藻をついばみ、オスはそのメスの背鰭や下腹部を口で刺激する仕草をみせ、やがて2匹は下腹部をあわせる様に放卵・放精しました(この辺は、余吾さんのDIVING LOG BOOK 「はじめての伊豆」にある通りです)。この時、二匹の体の下から白い粒々がゆっくり流れて来るのが見えました。
 2匹はすぐにその場を去ったので、すぐさま放卵・放精場所の海藻を覗きこんで見ました。キタマクラの産卵の後にはいつもこうしてその場所に目を凝らすのですが、産み付けられた卵と思しき物が見つけられた事は一度もありませんでした。ですから、この日も儀礼的に見たに過ぎませんでした。そして、
 「ああ、やっぱり分からないなあ」
とその場を離れようとした時です。糸状の細い海藻の所々が何だか白く輝いている様に見えました。よ〜く見ると白い点々が散りばめられているみたいです。
 キタマクラの卵として頭の中で思い描いていたものよりずっと小さな点々でした。こんなに小さかったら今までも見逃していたのは十分に考えられます。

 この卵(?)は、先ほどキタマクラのメスがついばんで作った穴の中よりもむしろその周辺部に多く散りばめられていました。また、この点々をよく見ていると、小さなうねりで揺れていますが、決して海藻から離れる事はありません。そこで、ためしに手で扇いで強い水流を送ってやると点々の2〜3割は海藻から離れて舞い上がり流れて行きました。
 下が海藻に残った卵(?)の写真です。



図1 産卵床の中に産み付けられた卵(7/14/02、富戸)


  画面上に見える白い点々が全てキタマクラの卵と思われるものです。大変な数がありそうです。

 このフィルムをルーペで覗いてみて驚きました。御覧頂いているPCモニター上で判別できるかどうかわからないのですが、白い点々がそれぞれ無色透明なガラスの様な球に包まれているのがはっきり分かったのです。このまん丸具合は卵以外の何者でもないでしょう。この写真は等倍撮影されていますので、フィルム上の球の大きさをルーペで覗いて測ればこの時の実際の卵(?)の大きさが分かります。すると、1mmはないけど、0.5mmよりは大きい程度の大きさでした。「日本産稚魚図鑑」に掲載されているキタマクラの卵の大きさ0.7mmによく一致しています。
 産みつけられた卵が見えないのはおかしいと今まで思っていたのですが、見えない筈です。そのほとんどが無色透明だったのです。僅かに肉眼で識別できた内部の白い点々(胚?)は卵径よりはかなり小さく0.2mm程でした。
 ここで不思議に思うこと。ほとんど動く事なく海藻にくっ付いているだけの卵ですら肉眼でギリギリ見える程度でした。しかも、点としてしか見えませんでした。一方、キタマクラの放卵放精の瞬間にサラサラと流れ出てきた物は50cmほど離れた場所からでもはっきりと粒として見えました。0.2mmほどしかない物を50cmも離れた所から粒として認識する事は出来るのでしょうか。つまり、海藻にある卵とサラサラ流れ出て来た物は同じものなのでしょうか。僕は混乱してしまいました。
 この海藻の卵は本当にキタマクラのものなのでしょうか。ご存知の方にアドバイス頂ければ幸いです。

 以上が石田さんのレポートと意見・疑問です。次に原さんのメールでの観察結果などを紹介しましょう。原さんの産卵の写真は、「初めての伊豆」にも出ています。

 下の写真は7/19に海洋公園で皆で観察した産卵直後の産卵床のアップです。卵らしき粒は見えていますが、ルーペで見てもよく分かりません。産卵した場所とおぼしきものを撮ったカットには、一粒だけ卵のようなものが写っていましたが、これも確信は持てません。スキャンしたら一応送りますね。画面中央上寄りに写っている丸いものが卵かなぁ・・・・なんて思っているのですがいかがでしょうか? かなりトリミングしていますが、実際はほぼ等倍で撮って1mm前後というところです。


図2 産卵床の中に産み付けられた卵(7/19/02、海洋公園)

 このメールに対する余吾の返信(7/25)の一部です。

キタマクラの産卵床の中、卵だと思います。小さなゴミが付いているようですね。それにしても少ないなあ。海藻をつつきすぎて、岩肌が露出し、産み出す勢いで溢れているのか、粘着力が悪いのか、頭をひねります。
瓜生さんへも話しましたが、やはり、採集してみないと話が進むのが遅いかも知れません。溢れだした卵が、受精しており、その近くの海藻などに付いているとなると、産卵床を突つく行動は別の意味があるのかなと考えてしまいます。もとより、毒を含んでいるので、隠す必要はないと思いますが、念入りな突つき行動を見ていると、
「おまえ、なにをやっとんねん?」といいたくなりますね。



事務局より:石田さんは産卵床の周囲を、原さんはその中をアップしました。面白いですねー。

皆さんも、これを読んで、何が起こっているのか考えて下さいな。僕も言いたいことは山ほどですが、ちょっと押さえて、一つだけ。それは色と光の問題です。僕らに見えるのは全て光の現象を色として頭の中で置き換え、表現しています。
 例えば、雨雲は黒く見えますが、別に黒い水が溜まっているわけではありませんね。水蒸気が濃密な密度になっているために太陽光が吸収され黒く見えるだけなのです。石田さんの「中が白い」と言う表現は、考えさせられます。直径0.2ミリ程度ですものね。写真で撮ると、ペアの周囲に散乱する卵は白く見えますが、肉眼ではちょっと白いかなという感じでした。

 これから。シーズンが続くでしょう。もっと、観察を増やして、何が起きているのか、皆で肉薄しましょうよ!


2.オスの侵入 8/11/02

 瓜生さんから、最新の卵観察結果が届きました。以下、紹介します。

今日は(8/9)雄がいそいそと求愛をしていたので、しめしめと見ているといつもと何か違うのです。
雌がちょっとやる気がない感じ・・。
穴を掘ったりはするのですがその場所へのこだわりが少しばかり薄いのです。
しばらくすると別の雄がすっ飛んで登場。
すると、今までおにぎり型になり求愛していた雄は雌のような体色になり、口先が尖り変な格好になりました。
そして、あとから来た雄にものすごい勢いで追い払われてしまいました。
その後、あとから来た雄がカップルになり、しっかりと求愛。雌も通常の穴掘り行動を再開。
しかし、その途中、先ほどしっぽを丸めて逃げていった雄がまた現れたのです。
その現れ方が面白く、雌の色になり口を尖らせ、先ほど負けた状態のまま現れたのです。案の定すぐに追い払われました。
負けると分かっている戦さでも果敢に挑む男の心意気に思わず目頭が熱く
・・・・
その後、めでたく放卵放精。


事務局より: 最初のオスはなわばりを持たないスニーカーなのでしょうね。メスの姿勢や体色に擬態し、オスを欺いたり、なだめる行動は他の動物でも知られています。

3.卵の確認  8/14/02

 
石田さんより、卵の採取と観察結果が届きました。良くまとめられていますので、そのまま、ここに紹介します。

キタマクラをめぐる冒険          石田 根吉

 海藻に産み付けられたキタマクラの物と思しき卵を前回報告しました。ところが、あれがキタマクラの卵という証拠は何もありません。既に産み付けられていた何か別の卵を偶然見ただけなのかも知れないのです。ひょっとしたら、卵ですらないのかも知れません。

 そこで、もう一度キタマクラの産卵を観察する事にしました。同じ様な位置に同じ様なものを見つける事が出来れば、キタマクラの卵の可能性は一気に高まるでしょう。
 しかも、今回は卵と思しきものを採取してジックリ観察してみる事にしました。

 観察と採取は8月4日と11日の2回にわたって行いました。それぞれのキタマクラの産卵状況は以下の通りです。

 8月4日-午前9時15分、富戸・ヨコバマ、岩場、水深9m、水温25℃。
 8月11日-午後1時45分、富戸・ヨコバマ、岩場、水深6m、水温21℃。

 僕は、キタマクラは午前中に産卵するという印象を強く持っていましたが、8月11日の午後1時45分というのは今まで見た中で最も遅い時刻の産卵でした。
 いずれの日も、キタマクラのメスが海藻をついばみ、オスがその腹部から背鰭に口付けするおなじみのポーズを見せていました。間もなく2匹は頭を上にしてお腹を合わせて放卵・放精。その後、やはり、白く小さな粒々が2匹の下から溢れて来ました。

 まず、この流れ出る粒々を自作のプランクトンネットで採取するつもりでした。 が、いざその段になると戸惑ってしまいました。粒々が溢れて来る間も2匹はまだその場で腹部を合わせたままです。それを追い散らかす様にネットを振るのはさすがにはばかれたのでした。

 仕方なく、産卵場所と思しき海藻を覗いてみました。

 図3 卵の粘着位置 

 上の写真は8月11日の産卵場所です。矢印で示したのがメスが作った窪みです。そして、白い点々が卵と思われるものです。すると、窪みの口やその中にも確かに卵は少なからずあるのですが、もっとも密度が高いのはその左下3cm程の場所であることが分かります。8月4日の産卵でも、やはり、窪みの下5cm付近が最も卵密度が高く見えました。

 そして、下がこの白い点々の等倍写真です。

 図4 産出されたばかりの卵群

 透明の小さなガラス球の中に白い点々が幾つか集まっている様に見えます。前回報告した時のものと同じです。

 「やっぱりこれはキタマクラの卵に違いない」

と海の中で嬉しくなってしまいました。
 この卵は、以前見た時と同様、手で扇いで強い水流を送るとフワーッと幾つかが舞い上がりました。そこで、それをガラス瓶に掬い取って採取し、Ex後、早速、実体顕微鏡(20倍)で観察してみました。

 図5 受精卵と未受精卵(産卵後1時間)

 「おおっ!」

思わず僕は声を上げてしまいました。「白い粒が葡萄の房の様に束ねられ、それが透明な球に包まれている」という構造がよく分かります。この白い粒が浮力を調整しつつ栄養源にもなるという「油球」と思われます。

 また、今回、余吾さんに受精卵の見分け方を教えて頂きました。一旦受精した卵は、それ以上の精子の侵入を防ぐために、卵膜の表層が浮き上がって一種のバリアが張られるのだそうです。これを受精膜と言います。そして、そのバリアの内側に隙間が生じ、それを囲卵腔と呼ぶのだそうです。よってその有無が受精卵と未受精卵を見分けるポイントになるのだとか。

 上の写真の二つの卵の内、矢印で示した方に確かにその薄い隙間が見えるのが分かるでしょうか。下側が未受精卵と思われるものです。この時点で産卵後1時間程度です。なのに、早くも誕生への前進を始めているなんてちょっと感激でした。
 ちなみに、この囲卵腔は黒い背景(今回はボトルの黒いプラスチック・キャップ)に卵を置き、斜めから照明を当てるとよく分かりました。

 この囲卵腔は、8月4日の卵で12個中10個、8月11日で33個中29個で見られました。受精率はおよそ9割近くもあるのです。ほとんどの卵が生きているんですね。

 つづいて、この卵を海水と共に定規の上に垂らして直径を測定してみました。

図6 卵径の測定

  およそ、0.6〜0.7mm程度と言ってよさそうです。この値は、「日本産稚魚図鑑」に報告されているキタマクラの卵の値とよく一致しています。

 また、この卵をスポイトですくってから改めて海水に垂らすと、比較的簡単に沈んで行きました。また、顕微鏡下で卵の位置を変える時には爪楊枝でそっと突付くのですが、楊枝の先が卵に一旦触れるとかなりしつこくくっ付いてしまいました。つまり、「沈性粘着卵」と言ってよさそうです。

 さて、こうして卵をこうして一旦採取してしまうと、

 「瓶の中で孵化するんじゃないか」

と期待してしまいます。僕は、アクアリストの方が持っているような水槽を持っていませんので、卵を200ccの瓶に入れたままで望みを繋ぎました。ただ、海水は毎日交換(富戸から持ち帰った海水)し、室温は26℃に保ち(仕事で家を空けている間も卵の為にエアコン入れっぱなし)、スポイトで時々空気を送る程度の世話は続けました。

図7 発生はここまで

 ところが、ここまででした。やがて卵の表面に苔の様な物が生えて、非常に小さな生物が卵膜上を動き回るようになってしまいました。やはり、水温を管理し、水流を送り、空気を供給するような装置が必要なようです。

このように、残念ながら孵化にまでは至らなかったものの、キタマクラの卵については様々なことが分かってきました。でも、産卵行動についてはまだ分からない事だらけです。第一、産卵前にメスは何のために海藻を口で突付いて窪みを作るのでしょうか?

 最近、僕はこんな風に考えています。

 キタマクラが放卵放精タイプであることは間違いありません。でも、一瞬の内に卵と精子を産み放つベラなどとは違い、キタマクラは3〜5秒程度は連続的に放出し続けているように見えます。しかも、放卵放精の後が白く濁って暫く中層に漂っているベラとは異なり、産み付けられた卵はサラサラと流れていきます。あの流れは、キタマクラ自身が作ったものでしょう。
 卵または精子、あるいはその両方はかなりの勢いで放出されているのではないでしょうか。それが混じり合ってあの窪みの中で激しく攪拌されるのです。つまり、あの窪みは、卵と精子をかき混ぜるミキサーの役割を果たしているのではないかと思うのです。ミクロな目で見たら、あそこで卵と精子はゴーッと激しく攪拌されて一気に受精が進むのではないでしょうか。ところが、卵は、手で扇いだだけでも舞い上がってしまうほどの粘着力しかありません。キタマクラ自身の作り出した水流でたちまち窪みから飛び出してしまいます。でも、本質的に沈性卵ですから、付近の海藻に舞い降りるという訳です。
 できるなら、「ミクロの決死圏」の潜航艇に乗ってあの窪みに潜り込んでみたいものですね。

 以上、海藻に産みつけられた卵を偶然見つけたことから随分遠い所まで来てしまった気がしますが、車窓を流れていく風景は全く飽きる事がありませんでした。



事務局より:根気の居る仕事ですが、一歩ずつ、進んでいきますね。
産卵後に周辺から沢山見つかるという状況証拠に加え、油球の特異な集合状態からキタマクラの卵であることは間違いありません。また、窪みの下、数センチの処に粘着し、高い受精率を示していることからキタマクラの卵は、その多くが、ここで発生していくのではないかと考えられます。図7では、胚体の形成らしきものが見えますが、残念でした。

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