FIELD REPORT- 7
八丈島におけるキホシスズメダイの産卵行動
05/26/03
原さんの写真を追加しました06/05/03
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 キホシスズメダイ、中部太平洋岸ではスズメダイ、マツバスズメダイと並んで、中層で群れを作る日本の代表的 Chromis と言った魚ですが、八丈島からの加藤さん、原さん、また、南四国の平田さん等からのお話を聞く内に、ポピュラーな魚でも案外に分かっていないことが多いのだと感じました。ここでは、その謎を少しずつ紹介していきましょう。

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1.浅場での産卵 加藤昌一 05/26/03

 八丈でのキホシスズメダイの産卵行動には幾つかのタイプが見られます。
先ず、浅場と深場とで産卵するグループがあるのです。また、産卵期や婚姻色などにも違いがみられます。キホシスズメダイの通常の群れを見る限り、深場にいる方が明らかに大きいのですが、一見すると同じキホシとしか見えません。

 ところが、オスの婚姻色には大きな違いが見られます。

 
図1 オスに見られる2タイプの婚姻色
左:浅場の婚姻色(nup-S1.jpg)、右:深場の婚姻色(nup-D.jpg)

 浅場と深場でのオスの婚姻色です。浅場タイプでは、体がやや明るく、尾鰭が白いですね。深場では、尾鰭の黄色が暗色でVの字となり各鰭先端が蛍光のブルーで縁取られます。一見するとマツバスズメダイのようです。また、背鰭軟条部が黄色くなっています。
 両タイプでは胸鰭付け根の黒斑の大きさと位置にも違いがみられます。水深30mでは深場タイプと浅場タイプの婚姻色の個体が混じり、それ以上浅いと浅場タイプの婚姻色となり、30m以深になると深場タイプの婚姻色ばかりとなります。

 次に、浅場では、オスの縄張りが散在し、メスに求愛するタイプ(単独型)と、一時的に多くの個体が沖から浅場へ来遊し、そこで、一カ所に集まったオス達と多くのメスが群がるように産卵をして去っていくタイプ(集合型)とが見られます。

1)単独型の産卵

 浅場というのは、水深30m以浅の転石帯から岩礁域で、10m前後が最も多くみられ、産卵期は3月から11月までとほぼ通年行われています。
オスの縄張りの上層を雌が通ると、オスは白い尾鰭を振って産卵床まで導き産卵させます。

        
図2 単独型浅場タイプ:オスの基本婚姻色(kihoshi.jpg)


図3 求愛中のオス、尾鰭が白い個体(kihoshi_1.jpg)

産卵は数秒であっという間に終わり、雌は上層に去っていき、オスは次のメスに求愛を始めます。
オスはそれぞれがやや離れた産卵床を守っており、一箇所で数尾の場合もあり、時に十数尾から数十尾にもなります。大きさは12cm前後の成熟した大きい個体ばかりです。

卵を守っている時は次のように体色が黒くなります。


図4 卵保護中のオス(kihoshi_2.jpg)

但し、水底近くにいる時にこのような体色となりますが、上層に浮き上がると下のように単独型浅場タイプの基本婚姻色に少し黄色が入る感じとなります。



図5 中層では中途半端な体色になることもある(kihoshi_5B.jpg)


2)集団型の産卵

 沖からオスとメスが一斉に水深5mほどのゴロタ石の浅場に来遊し、オスとメスが産卵して沖へ去っていきます。
 浅場に来遊したオスは海底付近に集まり、体全体が黒くなります。上層を泳ぐメス達はやや体が淡く、尾鰭が少し黄色いことと、腹が膨らんでいることから、区別が出来ます。オスは黒い体色のままで求愛しメスを導きます。単独型のように求愛の際に尾鰭が白くなることはありません。しかし、産卵を始めると、メスも黒くなり、オスと区別が付きにくくなります。
 特定の産卵床があるという感じはなく、どちらかというと”その辺り”といった感じで、メス達が次々に転石の間に飛び込み、それを察知したオス達が複数で飛び込むという具合です。
 
 産卵がピークに達すると、オスは浮き上がることなく、水底に留まったままとなり、メスが次々に産卵床へ降りて産卵を開始し、オスは求愛行動を止めて必死に放精するのです。雌の1尾当たりの産卵時間は10秒前後で単独型よりも長めです。このピーク時は雄の放精で白く濁り透明度が悪くなるくらい凄いです。大きさは単独型よりも少し小ぶりの個体が目立ち、サイズはバラバラという感じです。

 この浅場での集団産卵は、初夏のある一時期だけに見られる行動だと考えています。

この集団型については、つい最近、連続観察が行われました。以下、そのレポートです。

浅場集団産卵がナズマドのEN口で4日間行われました。

★2003年5月10日 11:08 21.1℃
満01:08 10:14 干06:24 18:19 長潮 
産卵場所は水深3m〜10mの転石帯で、50m四方とかなり限定された狭い範囲です。
(フィンキック数で計測)

 
図6 浅場産卵場での蝟集状況(nazumado_510.gif)

AB地点周辺の転石帯に黒いタイプばかりのオス達水底に群がる。雄は一ヶ所に留まることが多く、ほとんど場所を移動していない。その上層を雌の群れがAB間を行ったり来たりしていた。雌と判断したのはすべて異常なほどお腹が大きく、色も雄よりは淡く、薄っすらとではあるが黄色い尾鰭だった。


図7 海底付近に群がるオス達は黒く、メス達は淡い体色である。
下の雌のお腹が異常に膨らんでいることが分る(s_kihoshi_4.jpg)


A地点転石帯では点在すると言う感じの群がりだったが、B地点は集中した群がりをとなっていた。AB合わせて500匹は集っているのではと感じるほど、白い転石帯が黒く染まっていた。

★2003年5月11日 10:45 21.3℃  
満01:58 12:44 干07:52 19:32 若潮 

1000匹前後と前日より数を増している。特にB地点水深5mの場所では一ヶ所に200匹はいるんじゃないかと思うほど集中している。


図8 B地点での産卵(s_kihoshi_3.jpg)


上層の雌の行動は前日と変わらないが、頻繁に雄たちが留まっている辺りに一斉に下りて産卵を開始する。B地点では放精で透明度が落ちる程の濁り方です。
雌の産卵は、転石に10数秒と長めで複数で次から次へと産卵を開始し、その瞬間を狙い雄たちが群がるように放精します。この時の雌の色も雄と同じように黒くなります。

★2003年5月12日 11:33 21.0℃ 
満02:33 14:18 干08:40 20:32 中潮

前日よりさらに数を増やし、ところどころで放精で白くなる。
雌が頻繁に下に集るようになる。特にB地点では大放精で白く濁り前が見えないほど。今日がピークかな〜と感じました。

★2003年5月13日 12:03 21.3℃
満03:04 15:27 干09:21 22:24 中潮

 
図9 5/13の蝟集状況(nazumado_513.gif) 

 前日より数は減ったものの大産卵は変わらず。面白いのはA地点で雄たちが右の根際周辺の転石に集中。B地点の雄の集団も水深3mの浅い水域に移動して大産卵を行っていた。
もしかして、卵を付ける場所がなくなったって事ですかね。

 浅場の大産卵は5月11日〜5月13日の4日間で終了しました。
もちろん5月10日前日の大産卵場所の転石帯には普段からいるキホシスズメたちはいましたが、翌日に集中する気配すら感じることが出来ませんでした。
また大産卵が行われている期間、その沖合いで群れていたキホシスズメたちの姿を見ることはなく、5cm以下の若齢個体ばかりだったのです。
この大産卵期間中に海に向かって右側の浅場の転石帯も見たんですが、大産卵は行われていません。
大産卵後の5月14日は、昨日までの大産卵はなんだったんだろうと思えるほど普段通りの転石帯となっていました。

 また、大産卵中期間、メジナの群れ(100匹前後)、ユウゼンの群れ(30〜50匹前後)、ニザダイ、そしてハマフエフキまでもがキホシの卵を食い荒らしていました。


図10 卵を食い荒らすメジナとユウゼン(s_kihoshi_6.jpg)

 ウツボ、トラウツボたちは親を狙って転石に集合し、ヘラヤガラ、ハナミノカサゴも集まり中層から狙っていました。この捕食者たちは大産卵が終わると共に姿を消しました。

 大産卵場所に元々いたキホシたちの動向ですが、大産卵場所に鰭の切れた雄個体により、普段の産卵も大産卵も同じ場所で行っていることがわかりました。
沖合いのキホシの雄たちは普段はその周辺で産卵を行い、大産卵時はその場所を放棄して大産卵場に集るものと考えます。
この浅場の大産卵は、私の記憶では初夏頃で、年に1回しか起こらない現象だと思っていますが、引き続き調査を続行して行きたいと思います。


06/05/03 原多加志さんから、八丈での集合産卵の写真が届きましたのでこの場にアップします。
丁度2年前にも、同じように大産卵が起こっていたのですね。

2001年5月13日 16:00ごろ 八丈島・ナズマド 水深7m 中潮 水温17℃


図11 前方2匹がメス。割り込むようにオスが後方から入っています。
オスが放精する間際、もしくは瞬間は黒ずむ傾向にあります。


図12 まるで朝のラッシュです。放精による白濁が分かります。


図13 左側2匹は産卵中のメス。産卵中は黒くなり、複数で産卵する時は後方
からオスが放精しやすいように同じ方向を向き、頭部を上に上げ、なするようにしま
す。
事務局より:深場で産卵するグループについても、かなりのデータを頂いています。しかし、
婚姻色を見ても明らかなように、「種の違い」の可能性も出てきています。この点から、加藤さんは深場タイプの産卵を再調査をされており、さらに幼魚にも2タイプ見られるかどうかについても、現在、調査中です。その結果を待って、深場での産卵についてのレポートを紹介したいと思います。
 八丈以外では、瓜生さんの東伊豆の写真は「深場タイプ」と見られるようですし、平田さんによれば、南四国でもいわゆるキホシの他に、深場タイプも確認されています。

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