FIELD REPORT- 7
八丈島におけるキホシスズメダイの産卵 加藤昌一
−2.深場での産卵 
 06/06/03

2.深場での産卵

 先のレポートでは、浅場タイプの単独型と集合型の産卵を紹介しました。今回は深場でのみ見られるマツバスズメダイに似た婚姻色を示す個体の産卵です。深場というのは、大体、水深25m以深、40m辺りまでとお考え下さい。また、同じ場所で浅場タイプも産卵していることがあり、込み入った状況になっています。

 今年の4/29、5/10、5/26以降に観察された深場タイプの産卵を紹介します。

関連BBS:1615-16,1618-22, 1627,1630


1)集合型 4/29に観察された100尾を越える大きな群がりの産卵
         観察時刻10:35〜 水温21℃ ナズマド 35m 転石帯

 雄雌100尾を越える群がり。海底の一ヶ所に深場タイプの雄たちが集まり、中層には雌が群泳していた。雄達は水底に留まることが多く、体色は尾鰭の黄色がVの字に入り先端が水色に輝く。この100尾を越える大きな群がりの産卵パターンでは雌との色彩の差は余り顕著ではありません。この深場タイプの雌雄差については後で触れます。


図14 雄の婚姻色(kibire_1.jpg)

 一度に産卵床へ入る雌は2〜3尾と複数ではあるが、雄は必ず1匹だった。しかも同じ産卵床で産卵させ、雌が来ない時は、その卵の上でホバリング。
このホバリングの時の雄の体色は体色の色が明るくなる傾向となる。
 ウミウチワなどの影に産卵床を形成することが多かった。このときの雌の産卵時間は10秒前後と長かったが、一度産卵すると上層に泳ぎ去っていた。


図15 海底で卵を守っている時の雄の色彩(kibire_3.jpg)

5/10に観察された100尾前後の群がりの産卵
 観察時刻10:35〜 長潮 水温21℃ ナズマド 45m 斜面

 浅場の集合型と同じ日に見られた。午前中のみ約100尾前後が集まり、午後はそれぞれの雄が産卵床で雌に産卵させていた。雄の数は30尾前後、水底から2〜5m付近の中層で上層にいる雌達に対し、尾鰭先端の青白く光り輝きく尾鰭をよく振って誘うという感じです。


図16 雌を誘う時の体色(f_kihoshi_2.jpg)
水底に下りてしまって少し輝きが褪せてしまっているが尾鰭や背鰭の後端が輝くブルーに発色している事がよく分る。

 雄の求愛に応え、雌が導かれるとの下のように産卵床の上で大きく鰭を広げ停止します。おそらく雌に場所を教えているのだと思います。


図17 産卵床の雄 (f_kihoshi_3.jpg)


 一度に産卵床へ入る雌は1尾だけで、雄に誘われた個体のみが産卵していた。雌が卵を産み始めると雄は後方で待機し放精の準備をしていた。メスの1回の産卵時間は浅場単独タイプより長く10数秒。産卵が終わると放精、すぐさま同じ雌が産卵、そして放精という感じで、3〜5回繰り返す。この間雌は一度も上昇することなく水底に留まったままだった。

 雌は産卵中は黒く体色変化させ、背鰭の付け根の白斑が出たり消えたりしていた。


図18 産卵中のペア。雌は全体が黒ずんでいる(f_kihoshi_4.jpg)

図19 雌の背鰭後端下部に白斑が出ている(f_kihoshi_5.jpg)

 午後2:20に撮影に行くと求愛行動は見られず、雄はそれぞれの産卵床の上で留まり、その内の一個体の雄が雌に産卵させていた。
 このような大規模なグループの産卵がみられたのは4/29と5/10だけで、その翌日の観察では、卵を守っている雄だけが観察された。以上、この両日に見られた群がりでの産卵を深場タイプの集合型としておきます。

 深場タイプの集合型産卵が行われた時、浅場タイプの動向。


4/29 深場タイプが行われている周辺にも浅場タイプも見られましたが、深場タイプに混じることはありませんでした。また、それよりも浅い水域では浅場タイプの単独型で産卵が行われていました。

5/10 この日は浅場タイプのキホシたちが浅い転石帯に集まって大産卵をしていたので、深場タイプの行われている産卵場所の周囲で浅場タイプのキホシを見ることはありませんでした。

2)単独型

4/29と5/10、集合型の産卵場所から離れたところでも、単独型の求愛と産卵が見られた。浅場での集合型産卵が行われる際には単独型の雄達も加わるので、この点でも違いが見られます。

5/26以降、ナズマドでは、集合型の産卵は認められず、単独型だけが観察されました。

5/26 ナズマド 時刻10:40〜 若潮 水温21℃ 25m 転石帯



図20 求愛前の色(osu_a_526.jpg)


図21 雌が近づくと共に色が明るくなる(osu_b_526.jpg)


図22 雌に求愛している時の色(osu_c_526.jpg)

5/27 場所・観察時間は前日と同じ。



図23 産卵床で卵を守っている黒い雄(osu_a_527.jpg)

図24 上と同じ雄だが、上層に浮くと普通の婚姻色に変化(osu_b_527.jpg)

 以上のように、深場の雄は産卵床の側の海底に留まるときは、体色が黒くなることが多く、求愛の際には背鰭や尾鰭が青く輝くので、よく目立ちます。しかし、雄は海底を離れると体が明るくなり、雌と余り変わらない体色になる傾向があり、求愛の際や、卵保護中以外は深場タイプの雌との区別はやや困難、産卵期以外は殆ど識別できないのです。

 さて、この場所では、浅場タイプも産卵していたのです。浅場と深場の全体の割合は10対1くらいで混じっていました。浅場、深場の雄たちは、水底近くの産卵床周辺で卵を守る姿が見られ、浅場、深場の雌たちは互いが群れながら、その上層を行ったり来たりしているという感じです。
 両タイプの雄は簡単に見分けることが出来るのですが、雌は難しい。何度か繰り返し、観察を続けました。


図25 両タイプのメス達。手前が深場、奥が浅場タイプ(mesu_1_526.jpg)
浅場タイプの背鰭縁辺が黒く、一枚一枚の鱗が縁取られてはっきりしている。


 写真では見分けがつきますが、水中で混じっている場合、肉眼ではほとんど区別できないのです。何度も観察を繰り返すことによって、区別が出来るようになりました。
 
 5/26以降、5日間5ダイブの観察では、深場タイプの雄は上層を浅場タイプの雌が通ってもまったく反応しませんでしたが、その中に深場タイプの雌が入っていると、その雌に近づき、尾鰭先端を少し青白く染めて求愛し、産卵床に導いていました。産卵は浅場単独型と同じように短い時間で行われます。

 反対に浅場タイプの雄は浅場タイプの雌のみに反応して、深場タイプの雌が側にいてもまったく反応しませんでした。

 深場浅場の産卵床が隣接した状態、しかも求愛行動がまったく変わらない状態で、深場タイプの雄は、数多くいる浅場タイプの群れの中から数少ない深場タイプの雌を選択している事が分ったのです。この結果、別種ではないかという疑いが一層強くなりました。

 以下に、まとめてみます。浅場タイプはキホシ、深場タイプはキビレと呼んでおきます。

キホシ
 水深5〜30mで産卵している。
 
 単独型 水深10〜30mまで 10m付近で多い
     初夏から秋まで続くとみられる。特に、盛期はないようである。
     産卵期の詳細は今後の課題

 集合型 水深5m付近。今年は5/10−13に確認。
     初夏に数日間連続してみられる。年に一度ではないか?
     深い場所に産卵床を構えていた単独型の雄も移動して加わる。

キビレ
 水深25〜40m付近で産卵。

 単独型:産卵期は今後の課題
     雄は尾鰭をヒラヒラさせて雌に求愛し、雌は1尾で産卵床に入る。
     
 集合型:今年は4/29と5/10に確認
     産卵は午前中が盛ん。午後は雌が少なく、雄は産卵床に留まる。
     午後の産卵は散発的で求愛も見られない。

  *4/30〜5/9の間は、集合型の産卵はみられなかった。
    産卵期と産卵の周期性(半月周期?)があるかどうかは今後の課題。

 キホシとキビレには色彩・斑紋に明らかな違いがあります。キビレの産卵は水深25m以下に限られ、キホシより深場で産卵し、キホシとキビレの雌達が混泳していても、キビレの雌を選択して求愛し、産卵しており、種が異なると考えられます。

 さらに以前からキホシスズメに混じるスズメダイ属の不明種を今回の調査でキビレの幼魚ではないかと確信しました。しかし不明な点も多く、現在も産卵期や幼魚の出現時期の違いを調査しています。また、標本の比較も必要です。

 以前からキホシスズメの浅場タイプと深場タイプの存在を個人的に調べていました。
しかし、データとしては記録や写真撮影もせず、すべて頭の中に整理するという手法だったためか、キホシとキビレが産卵もしているという勘違いをしていたようです。
また、以前から毎年見られていたスズメダイ属の不明種の解明も棚上げにしていました。

 やはり生態観察は、念密なデーターの積み重ねと写真撮影やビデオ撮影による記録が合わさってこそ、しっかりとした生態観察が行われるのです。また、各地域との情報交換や生態学の専門家による指導が必要であることも痛感したのです。余吾先生並びに平田氏にこの場を借りて感謝いたします。

で〜、次何やります。

@知りまへんがな。


事務局より:行動範囲が広く、深場で観察が制約されるために、全体像はまだ、荒削りです。単独型と集合型という分け方も吟味すべきです。
 しかし、キホシスズメダイに2タイプあるというより、どうも別種と考えるべきだと思います。キホシスズメの浅場タイプ、深場タイプという呼び方を避けなければなりません。分類学的な検討を行っていますが、今、まだ、結論は出ていません。しかし、形態的な差違だけでなく、こうした生態的な違いから分類の再検討が行われるのはウォッチャーにとっては大変、貴重な体験、醍醐味といえるのではないでしょうか。長年、積み重ねた観察の結果だと思います。
 また、両種の幼魚の識別が可能かどうかも調査中です。これは、「紛らわしい魚」で特集を組みたいと思います。皆さんからの幼魚情報もお待ちします。

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