FIELD NOTE No.2

FIELD REPORT はあるテーマに添って長期観察したレポートですが、このコーナーはある日の出会いといったものを出していただいています。たった一回の観察だからなんて思わずにどうぞお寄せ下さい。あるちょっとした出会いから発展していくことも多いと思います。


シートの謎 石田 根吉 07/07/03
更新 02/11/04

 関連BBS:1666,1675
2003年5月18日のこと。気温20℃、水温19℃。透視度約12m。
 この日、富戸の海の浅場は北東からの風のせいで少しうねっていました。こんな日にはサルパやクラゲがよく吹き寄せられて来ます。確かに水中には多くのミズクラゲが漂い、それをキタマクラが餌食にしていました。
 そんな時、水深10m付近、砂地の中層で妙な浮遊物を見つけました。

 中層にフワ〜ッと広がったシート状で、これを丁寧に拡げたら70cmから1m四方位はあるのではと思われました。目を凝らしてよ〜く覗き込むと小さな粒々が並んでいるのが見えるので、何かの卵であろうと思われました。
 上の写真では透過光で見ているので黒っぽく見えますが、実際はほとんど透明なのでちょっと目を離したら見失ってしまいそうです。
 これは、J. モイヤーさんの「さかなの街」で紹介されているオニカサゴの卵嚢に似ているように思えました。

  この卵嚢は、排気の泡を受けるとフワ〜ッと舞い上がってしまいますが、水底に置けばそのまま暫く砂上で揺れているので比重は海水とほぼ同じ程度かやや軽い位だと思えます。

 そこでまず、このシートを摘んで手許に引き寄せてみました。すると、こいつの表面は僕の軍手にペタペタとくっ付いて来るのです。かなり粘着性がありそうです。ですから、シートの全体の形を見るために拡げようとするのですが上手く行きません。また、水底に置こうとするとやはり表面に砂粒がペタペタと付きます。

 これが何かの魚の卵嚢であるとするならば、この粘着性は何の役に立つのでしょうか? 海藻やヤギに絡まったりくっ付いているのが自然な姿なのでしょうか。そこで、足許にあったヤギにこの卵嚢を打ち掛けてみました。


 ほら、ガラスの様な球が一層できれいに並んでいるのが分かりますね。そしてそのガラスの中には何か黒い糸の様な仔魚(?)が見えます。更に、この球一つ一つが五角形の部屋で仕切られているのも御覧頂けるでしょうか。また、このシートを引っ張ってみると、非常に弾力があって簡単にはちぎれそうにない事が分かりました。

 そうする内に、シートは再びうねりに揺られてフワ〜ッと舞い上がりました。この卵嚢には少なくともヤギにくっ付く事が出来るほどの粘着性はないようです。そうして中層に浮き上がった途端、すかさずキタマクラが遣って来てパクパクし始めたのです。

 しかし、卵をこんなに固めて産みっ放しにしたらいかにも『食ってくれ』と言わんばかりです。こんな無防備なことでいいのでしょうか?
 すると、彼らの食いちぎった3cmほどの切れ端がフワフワと僕の目の前に漂って来ました。そこで、すかさずそれを頂いて常備しているガラス瓶に入れてExしました。

 さて、卵を海水に漬けたまま顕微鏡で覗いてみました。

 卵黄と思われる小さな粒が見えます。また卵殻の表面には小さな黒い点々が並んでいます。でも、その卵の中に居る黒い弓なりのものが胚なのでしょうか。果たして生まれてからどれほど経った卵なのでしょう?

 ちなみに、上は定規の上に置いてみた卵です。直径およそ2mm程度でした。日本産魚類の浮性卵では大型と言われるタチウオで1.6〜1.9mm、カルムチーで2mmだそうなので、今回の卵もかなり大型と言ってよさそうです。
 ヤギから離れて再び中層に舞って行ったあの卵嚢は、やがてどんな稚魚を産み出していたのでしょうか。

後日談です。02/10/04

 午後8時近くなって近所のスーパーが売れ残り品の一斉放出時間帯に入った頃、普段は1,000円以上のアンコウ・パックが300円になっているのを見つけました。アンコウ鍋が大好きな僕は迷わず購入。早速帰宅後に開けてみると、なんと卵が入っていました。昨年海の中で見たのと同様のシート状をしていました。


「そうそうこんなのだったと大騒ぎです。顕微鏡で見るとどれも1mm程度で、小さな卵黄がビッシリ並んでいます。

ところが、いざ鍋の具にしてみると、妙にザラザラした舌触りであまり美味しいものではありませんでした。「見る」と「食べる」はどうやら別物のようです。

事務局より: いや、面白い。あっぱれです。

事務局より

 石田さんがこの情報を届けてくれたのが5月でした。最初、オニカサゴという先入観がありました。色々な方に尋ねたのですが、「オニカサゴの卵ノウはもっと小さい。アンコウ類ではないか」と瓜生さんからアドバイスがあり、富戸で良く似た卵ノウを目撃されている冨樫 敬さんに問い合わせて下さいました。その後、冨樫さんが石田さんにお話しされたのが6月初めでした。

6/9 石田さん wrote:

 富樫さんがご覧になった卵嚢はやはり数10センチレベルで、1枚のシート状だったそうです(筒状ではなかったとのこと)。それから類推するとアンコウの仲間かなと思うけれど確信できないと言った風でした。「卵は、孵化させて仔魚を研究者の方に見て貰わないと分からないから」との事でした。ちなみに、富樫さんは、初島でアオリイカの産卵床(木を立ててあり水底から5〜8mの高さ)にからみ付いていたのを目撃されました。潮通しの良いところで、浮遊して流れている際に引っかかったという感じで、触ると、ベタベタしていたそうです。

 さらに「大洗の水試がアンコウの養殖に挑んでいるけどまだ成功しない」という情報を得たので問い合わせてみました。

7/1 星野尚重さん@茨城県水産試験場からのメールです。

 卵塊の写真及び観察メモを拝見させていただきました。結論から申し上げますと、キアンコウの卵塊(受精卵)であると考えられます。キアンコウは産卵期(4〜6月)に長い帯状の浮遊性卵塊(以下「卵帯」と称します)を産出しますが、卵帯は浮遊性で長さ7〜10m、幅50〜90cm、重さ7〜27kgです。この中に120〜170万粒の卵(直径1.5mm)が包まれています。全長80センチ、体重8キログラム前後のキアンコウ雌がこのような重量の卵帯を産み出すので、産卵直前の雌の腹部は膨張が著しいです。写真の状態では発生が進み、胚体が形成された状態ですね。(補注:卵帯の重さは、海水を含んだ重量です)

 また、卵帯は水に浮かんだ状態ではうす紫色に見えるので、奄美大島で目撃された卵帯もキアンコウの可能性が考えられます。

 近縁種であるアンコウ(Lophiomus setigerus)の卵との見分けについてですが、キアンコウよりも更に生態が明らかになっていないので何とも言えませんが、アンコウ目(イザリウオ、ハナオコゼ、キアンコウ等)の魚類は凝集浮性卵を産むので、アンコウについても同じ形態であると思われます。

 茨城県では平成9〜13年度までキアンコウの産卵生態解明・種苗生産の可能性検討をテーマに研究を実施し、雌単独での自然産卵(無精卵)の瞬間を観察したことと、天然海域を浮遊する流れ藻に絡みついた孵化寸前の卵帯から孵化仔魚を採取し、種苗生産試験を試みました。キアンコウは海底から浮上した状態で浮遊性の卵帯を産出しますが、孵化仔魚が何を食べているかは不明です。当試験では種苗生産で通常用いるワムシ・アルテミアといった生物餌料での飼育は出来ませんでした。

 また、海産硬骨魚は多くのものが浮遊性の卵を産み、産み出される状態によって分離浮性卵と凝集浮性卵に大別されますが、キアンコウが産み出す卵帯は凝集浮性卵であり、特異な形態です。観察者である石田さんのご指摘の通り、このような形態の卵を産みっぱなしにしては、他の生物に容易に発見されてしまいます。茨城県の調査で採集したキアンコウ卵帯は流れ藻に絡みついていましたが、キアンコウが卵の移動・分散及び仔魚の養育場として流れ藻を利用しているという一つの可能性が考えられます。ただし、茨城県の海面でキアンコウの卵帯を採集したのは今回が初の事例であり、キアンコウの卵・仔魚と流れ藻との関係を明らかにするには、今後さらに流れ藻採集調査を実施する必要があります。

 ちなみに、天然海域におけるキアンコウ卵帯の採取事例は茨城県の他、北海道・新潟県・石川県で報告があります。



 上のメール中にある奄美、瀬戸内海峡での目撃例は、昨年6月下旬のもので、
水深約6mの砂地に漂う、直径約20cm, 長さ約2mの卵帯らしきものでした。
色はうす紫で、細かい粒子がある。というもので地方紙に出たようです。
その当時は以下のサイト上あったのですが、今は見ることが出来ません。
http://www.synapse.ne.jp/amami-shoji/cret1.htm

 また、別のアンコウ類の卵嚢については、富樫さんがご自分のHPで紹介なさっています。ここの過去ログから本年3月14日付けログを見てみてください。尾部に3つの黒色色素胞の塊が並んでいますので、キアンコウの可能性が高いと思えます。

 以下、この時の様子を冨樫さんが伝えてくれました。

 水深26m程、ヨコバマ右奥、砂地と岩場の境目付近。(ピンクのスナイソギンチャクより10m程エントリー側)水底(砂地)の石に付いたシロガヤに、20〜30cm程の卵嚢片がからみ付いていました。これに関しては、アンコウ類である確証はありませんが・・・。
(ログにあった写真しか、検証材料がありませんし、どこにも同定は出していません)
冬〜春にかけて、アンコウ類が僕らの潜水している付近に上がってきますよね。
きっと産卵のためなのでしょう。深いところでは卵、流れに乗せられないですもんね。

 とのことでした。この産卵シーンが目撃されるのも楽しみですね。

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