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  8.キタマクラのふ化(ローレンツのキタマクラ) 石田 根吉 07/10/03 

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ローレンツのキタマクラ 石田 根吉

 2003年6月29日(日)、午前9:15、富戸ヨコバマの水深8m(水温21℃)の転石藻場にて今年初のキタマクラの産卵を目撃しました。

1. リベンジ

 昨年、こうした産卵現場に残された海藻に絡みつく卵の一部を採取し、水槽観察で報告されているキタマクラの卵によく似た形状である事を確認しました(Field report 005 「キタマクラの産卵」)。

 (参照:荒井寛・藤田矢郎 1988 キタマクラの水槽内産卵と卵発生・仔魚 魚類学雑誌, 35(2): 194-202) 

 ところが、その時、心残りが少しありました。それは、「よく似て」はいるけれど、これがキタマクラの卵であるという決定的な証拠としてはまだ力が弱いと感じられたことです(ちなみに、僕の頭の中では疑いようのない事実なのですが)。そのためにも、この卵を孵化させて仔魚の形態からもキタマクラである事を証明できればと考えたのですが、昨年は見事に失敗してしまいました。

 そこで今年は、採取した卵をなんとか孵化させようと心に期するものがありました。そこに好機到来です。やや良心の呵責を感じながらも卵の付いた海藻の一部を採取し、持参のジップロックに入れてExしました。続いてすぐに600ccのタッパウェア(\100)に海藻ごと移しました。そして、それを密封したまま自宅まで持ち帰ったのです。
 家に付くまでのまでの2〜3時間は、「酸欠になっていなかったかな?」
と心配し通しです。

 帰宅後すぐに簡易水槽をしつらえました。この600ccのタッパウェアを深さ12cmの3リットル・タッパウェア(\300)の中に沈め、海水を満たします。卵が散らばって見失う事がないように小型タッパに入れ、十分な海水量は大型タッパで確保するという考えです。これは、昨年僅か200ml容量のガラス瓶で孵化させようとしたのが失敗の原因だったのではとの反省に立っての改良でした。

 もう一つの昨年の反省は、全くエアレーションを施さなかった事です。そこで今年は、DIYの店で買って来た900円のエアレーション装置を導入しました(もっと高価な装置も各種販売していましたが、今回の目的にはこれで十分でした)。エアーストーンを水底から4〜5cmの位置に固定してバブリングさせました。この状態で、卵が泡や水流で動く事は全くありませんでした。

 
      ミニ水槽(ピンセットは、小型タッパを沈める重し)

 こうして、卵の保育が始まりました。上の写真の様に、水温調節の装置は特に用いていません。家の中で最も気温変動の少ない場所に設置し、朝夕に水温を測定しましたが、いつも23〜24℃でした。
 また、水分が蒸発して塩分濃度が変化する事がないように、普段は蓋をしていました。
 更に、産卵後1日目と3日目には、約半量の水を、別途持ち帰った富戸の海水と入れ替えました。

2. 成長してるの?

 写真には写っていませんが、当初は卵を海藻と一緒にしていました。ひょっとしたら海藻の光合成で卵に酸素が与えられるとの期待もありましたし、なにより自然状態では海藻にくっ付いているのでそれを再現した方がよかろうと考えたからでした。

 ところが、その事を余吾さんにお知らせしたところ、直ちに海藻を取り除くべしとの緊急指令が届きました。水槽中で海藻が一緒だと、不都合なバクテリアが繁殖して卵を死滅させるのだそうです。自然状態では問題ない筈なのに不思議ですね。

 そこで、産卵の翌日の夜、慌てて海藻を取り出しました。「間にあったかな? 大丈夫かな?」と更に不安が募ります。

 それでは、産卵後の卵の経時変化を御覧下さい。卵はほとんど透明である上、表面に砂粒が付いているので肉眼でもかなり見難い状態でした。


受精後2時間

 受精後2時間の写真を見ると、卵内部の右上がへこんでいるのが分かります。この部分に胚盤(細胞分裂を繰り返していく部分)が形成されているものと思われます。



産卵後 59 時間

 産卵後59時間。卵の中に黒い色素胞が点々と成長しているのが見えました(写真矢印部)。前日までは気付かなかったことです。「確かに生きているぞ」
と僕は一安心。しかも、これらの卵を暫く見ていると、まるで子供が寝返りを打つ様に、卵内部の胚がクリックリッと動くのです。確かな成長がはっきり実感できた瞬間でした。


産卵後 81 時間


 産卵後81時間。よく見ると、卵の内部で体を折り曲げている胚体の姿が見えてきました。更に眼胞と呼ばれる将来の目もあります(写真矢印部)。白く輝いて見えるのは卵黄内部の油球と思われます。

3. 塵の発生

 産卵後4日目の朝、7月3日(木)。出勤前にいつも通りにミニ水槽をチェックしましたが異常はなし。そして、帰宅後、再度チェック。やっぱり異常なし・・・し? アワッ? アワワワッ。

 水面近くに、ゴマほどもない塵の様な黒い点々が広がってチョコチョコ動いているのです。ウッカリすると見過ごしそうです。「孵ったんだ〜っ」その数、およそ200匹以上。
 産卵後96〜107時間でのハッチアウトとなります。報告例によると、水温28.2〜28.5℃で73.5時間、22.1〜22.4℃で145.0時間だそうですから、今回の23〜24℃での水温の条件を考えると妥当な結果と思われます。

 
ふ化当日の仔魚

 早速、スポイトで吸い取って顕微鏡で見てみました(動き回るので非常に見にくかった)。 尾部の黒色素胞、卵黄部背側の小さな油球、卵黄嚢上の色素胞などは、全て報告されているキタマクラの仔魚の特徴と一致するものでした。

 「それにしても小さいなあ〜。1〜2mmかな」

今回、キタマクラの仔魚を見たのは勿論初めてなのですが、これは海の中では絶対に認識できぬほどの大きさだと思われました。


孵化後1日


孵化後2日


 この後、孵化後2日まで成長の様子を追いました。お腹にある卵黄は一挙に小さくなり、内臓域や尾柄部の黒い斑紋(黒色色素が集合している)もはっきりしています。また、筋節も顕微鏡で明瞭に認識できるようになって来ました。

 以上、キタマクラの産卵からハッチアウトまでの記録を見ていただきました。実は、その間、この卵のゆりかごとなる筈であった紅藻類を海藻おしばにして記念と記録としました。


卵が附着していた海藻

そしてローレンツの夢

 先にご紹介した様に、僕の水槽は非常に簡単なものですし、魚を育てた事もありませんので、このままでは仔魚を死なせてしまうだけと思われました。そこで、孵化2日後の7月5日(土)に富戸の海へ再び帰してやる事にしました。その2日間、「何とか卵黄の栄養だけで生き延びてくれよ」と今度も気が気ではありません。そして、再びタッパウェアに密閉して富戸・ヨコバマへ。幸い、ほとんど犠牲者を出す事無く、海岸まで連れて来る事が出来ました。卵の採取で感じていた後ろめたさも少しは慰められました。波打ち際で、ミニ水槽のタッパをゆっくり沈めると、次の波が一気に仔魚たちを連れ去って行きました。


大きくなあれ

 「何とか1匹でも多く育ってくれますように」まだダイバーの姿のない朝一番の海に僕は祈りました。

 その夜、僕は不思議な夢を見ました。
 僕はヨコバマにEnしました。海の中の様子から察すると秋口のようです。そして、ふと振り返ると不思議な光景がそこにあったのです。
 孵化直後に初めて見たK. ローレンツの姿を親だと思い込んでいつもその後を付いて歩いたハイイロガンの雛たちの様に、それは、僕の後を懸命に泳いで付いてくるマメマクラの行列なのでした。



事務局より
 昨年の受精卵の観察で特異的な油球の配置でキタマクラの卵であることは先ず間違いないと考えられましたが、今回、ふ化仔魚の黒色色素の出方から、さらに証拠が補強されました。また、多くの受精卵が正常にふ化したことからから、放卵、放精の直後に舞い、やがて下へ沈んで海藻に附着する卵群が、順調に発生していくことも確認できました。 

 石田さんの富戸の生き物に対する愛着が伝わってきます。ここでは、石田さんは経過と観察事実だけを書かれていますが、誕生を見守る父親の狼狽振りは、「富戸の波」に詳しく、楽しく紹介されていますので、そちらも是非、お読み下さい。

 また、石田さんは採取したことを気にされています。僕は、こうした確認行為は生物探求には避けて通れぬ道だと思っています。無条件に採取を勧める意図は全くありません。要は、目的と確認した結果を他の方へもお知らせし、知見を広めることが大事だと思っています。完全に個人が独占するための採取行為は、どんな生物でも、どんな人でも控えるべきでしょう。

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