FIELD NOTE  No.3

FIELD REPORT はあるテーマに添って長期観察したレポートですが、このコーナーはある日の出会いといったものを出していただいています。たった一回の観察だからなんて思わずにどうぞお寄せ下さい。あるちょっとした出会いから発展していくことも多いと思います。


謎のテンス?」 石田 根吉 01/15/04
 関連BBS:1840,41,42,48,49,50

謎のテンス                   石田 根吉


 普段潜っている富戸の海では、それほど珍しいテンスの仲間を見かける事がないので、
「AUNJのテンス・テンスモドキのデータベースにご協力出来ることはあまりないなあ」
と常々思っていた所、2003年12月に妙な魚を見つけました。

何気なく登場

 それが、砂地で漂っていた下の写真の魚です。


 
 2003/12/07、富戸ヨコバマ、水深12m、砂地、水温19℃、全長約5cm

写真で数えた背鰭、胸鰭、臀鰭それぞれの条数はおよそ以下の通りでした。

 背鰭:21条
 胸鰭:11条
 臀鰭:14条

クシャッと潰れたような顔つきはいかにもテンスの様に見えるのですが、背鰭の様子はテンスでもテンスモドキでもないようです。図鑑でも、テンスやテンスモドキの仲間で似た魚を見つける事は出来ませんでした。

やっぱりテンスみたい

 全長5cm程度ですから恐らく幼魚と思われ、富戸では見た事の無い魚なのですが全く話題になることなく、12月6日に発見以来、12月31日まで殆ど場所を移動する事がありませんでした。そして、毎週いつ行っても殆どはずす事無くその姿を見る事が出来たのです。

 まず、その行動範囲が、砂地の2m四方とかなり限られているのが特徴的でした。

 
  棲息環境と活動エリア

 彼は、いつも水底から5cm辺りをホバリングしていました。その時には、頭を少し上にして斜めに定位している事もしばしばありました。ホシテンスなどもも幼魚の時には頭を下にしてホバリングしている事がありますよね。それ故、この魚が一層テンスの仲間に近しく思えたのでした。

 
   ホバリング

 ダイバーが近付くと体を水平にして、どこの鰭を動かしているのか分からぬ様な動作でスイーッと遠ざかって行きます。ところが、上の行動範囲からは決して出ようとはしませんでした。そして、僕の近付き方が不用意な時です。彼は素早く頭からズボッと砂の中に潜ってしまったのでした。その動きはテンスの仲間と完全に同じものです。それ故、僕は、

 「こいつはテンスの仲間に違いない」

の思いを深めたのでした。
 ちなみに、彼が砂に潜った直後にすぐにその場の砂を掘ってみましたが、最早手遅れ。その姿は見られませんでした。が、数時間後に再びここを訪れるとやはりホバリングしているのでした。この辺の事情もテンスの仲間とそっくりです。

 「ここまでテンスにそっくりならば・・」

と、もう一つ確認したい事がありました。テンスの仲間は決まった場所で砂に潜るという事がAUNJで以前話題になっていたと思います。果たして、こいつはどうなのでしょう? そこで、彼が砂に潜る度にその場所を記録しました。1ヶ月の間に砂潜りを3回観察する事ができました。すると、果たせるかな、その場所は殆ど同じ場所だったのです。
 上の活動エリアの写真の右端に投棄ロープが写っているのがお分かりいただけるでしょうか。彼は、そのロープの傍の30〜40cmの範囲内で必ず砂に飛び込むのでした。


  X印が砂中への飛び込みポイント

 これまたテンスによく似た行動です。

緊急連絡

 「テンスの仲間ではなさそうだからAUNJのデータ・ベースの対
  象からは外れてしまうかも知れないけれど・・」

と思ったものの、ここまでテンスっぽい動きを見せられるとやはり気になって来ました。そこで、写真を添えて余吾さんに送ってみました。

 すると、速攻でお返事を頂きました。しかも、そのメールには、何とビックリ・マーク「!」が幾つも並んでいるではないですか。
 これは、タテヤマベラと呼ばれる珍しい魚で、その生態は殆ど分かっていないのだそうです。

 「えっ? ベラだったの?」

なるほど。テンスもベラ科の魚です。なのに、そんな事はなぜか思いもよらず、図鑑のベラのページを繰ることもなかったのでした。改めて確認すると、

 「そう、そう、これこれ」

と指差してしまいました。余吾さんの様子からすると、かなり稀種のようです。そうと知っていればもう少し腰を据えて観察したのですが・・。などと臍を噛むのはいつものことです。

 気付いたら富戸の水温はグングン下がり、12月31日の大晦日、水温16℃の日を最後に、とうとうタテヤマベラは姿を消してしまいました。

 「タテヤマ君も、もう少し目のある人に発見されていればねぇ」

とちょっと気の毒にすまなく思うのでした。

他地域からの確認情報

【高知県】
・平田智法 (BBS1841):タテヤマベラは思い出深いベラです。
20数年前、海洋生態研究会の合宿で沖縄の粟国島で採集し、当時の松原さんの
検索では同定できずに、櫻井君と一緒に琉大の吉野先生に持ち込んだことが
あります。確か「私が見る2個体目の標本です」とおっしゃってました。
四国西南部では高知で1個体、愛媛県室手では学生さんを含め今まで数回程度の
観察例があるだけです。
貝養殖筏下の暗い砂地の海藻近くで観察した個体は黄色個体でした。

■平田貼付写真(0851-21)

 
04/29/99 愛媛県南宇和郡室手 8cm TL 黄色個体 水深14m 
砂地(筏下で暗い海底、海藻が溜まっていた)


■平田添付写真(1008-17)

 
11/03/01 高知県大月町 13cm TL 水深10m 砂地


・平松 亘 (BBS1848):室手湾では、15年ほど前、年数回、水深3ー4mのコアマモの生育する場所周辺でよく見かけました。体色は今回撮影された個体と異なり、やや緑色を帯びていました。大きさはほぼ同じです。ダイバーが接近すると、コアマモの周辺に静止し、その後テンス類と同様に砂に潜ります。おそらく四国では、再生産はしていないのではないかと思っています。
しかし、室手湾は、最近護岸が固められたり等の地形に変化がみとめられ、コアマモ場の消失し、底質の変化ー細砂からやや荒めに、そして
底が固くなったように感じます。それに伴い、魚類相が変わったように感じます。まだ、タテヤマベラ見ますか??
 名前の由来ですが、山川先生と今日話したのですが、おそらく千葉県館山で最初に記録されたからではないか?ということです。日本産魚類大図鑑のべら類を執筆された時に、その出典を調べたということですが、よく分からなかったということです。山川先生が思い出しましたら、追補いたします。ちなみに、Kamohara (1964)の土佐湾産の魚類リストには記載されておりません。四国では、宇和海のみからのようです。

事務局より
 タテヤマベラは、かなり古くから知られている魚なのですが、見たことのある人は相当に少ないのではないかと思います。僕も見たことがありません。しかし、図鑑の図や写真が強烈に頭に残っていて、石田さんから届いた写真を見て、「あれ!こりゃ、あれじゃない?!」と思った次第です。今は冬眠していて、春にまた姿を現してくれることを楽しみにしています。
 Nguyen Tri Thuc 博士が1974 年に提出されたベラ類の骨学的検討の学位論文ではヒラベラ亜科に含めており、テンスモドキ類(Xyrichtys)よりテンス類(Iniistius)に近いと考えていますので、テンスの仲間と言っても良いのでしょうかね。しかし、謎の多い魚であると思います。初めて見た人は、ベラと思うでしょうか?アマダイ、キツネアマダイ等と考える人もいるでしょう。正直、久しぶりに興奮しました。
 生態写真は「日本産魚類生態大図鑑」に益田 一氏が伊豆で撮影された全長5cm のものが
紹介されています。ここでの写真に較べると緑色が強いですね。生息環境でかなり色を変えるのだろうと思います。
 この魚について情報をお持ちの方は是非、お寄せ下さい。お待ちしています。

備考

Genus Cymolutes  インドー太平洋から3種が知られている(Schultz, 1960)。

Cymolutes torquatus (Valenciennes) タテヤマベラ

 1930年に館山湾より採集され、未記載種として記載される(Sakamoto, 1930)。
その後、本種にはCymolutes lecluse (Quoy and Gaimard) の学名が充てられていたが、
この種はハワイ諸島の固有種である(Randall, 1986)。全長 20 cm に達し、オスは
胸鰭の上に黒い斜帯を持つ(Myers, 1999)。
 また、Cymolutes praetextatus (Quoy and Gaimard) はインドー太平洋に広く分布している。Myers (1999) に依れば、C. torquatus C. praetextatus とは分布域がかなり重複しており前者は背鰭軟条が12(後者は13)、尾柄上部に黒点を欠く(黒斑あり)点で識別できるという。 C. praetextatus が日本から報告される日は来るのかな?

Myers, R. F. 1999 Micronesian Reef Fishes.
Nguyen, Thuc Tri 1974 Osteological studies on the labrid fishes (family     Labridae) of Japan. (学位請求論文:東京大学海洋研究所)
Sakamoto, K. 1930. Report of the biological survey of the Tateyama Bay I.     Description of a new wrasse-fish, Cymolutes tateyamaensis n. sp.
 Jour. Imp. Fisher. Inst., 26 (1): 11-13,fig 1.
Schultz, L. P. 1960 Fishes of the Marshall and Marianas Islands.

   

戻る