LET'S STUDYING - 6(7)
 
 このセミナーは、BBSで話題になっている生物について、
  情報を提供し、会員の方からの質問を引き出し、さらにそれに
  答えていくものです。

魚類の性(SEXUALITY IN FISHES)

1.性が変わる 06/12/02
2.変わりやすいのか、変わりにくいのか(新しい時代)07/01/02
3.婚姻システムと性転換(発展期)07/09/02 
4.婚姻システムと性差(発展期2)08/17/02
5.婚姻システムと性差(拡大発展期)08/27/02             
6.婚姻システムと性差(変革期)09/26/02
A.ハナダイ類の産卵 10/11/02

7.クマノミ類の社会から 
 −1 ハマクマノミの社会 02/23/04
 −2 クマノミの社会 03/01/04
 −3 ハナビラクマノミの社会 工事中
 −4 イソギンチャクとクマノミ類の関係 工事中

7.クマノミ類の社会から

関連BBS:1878-79, 1892, 1904, 1907-08, 1911,1941, 1943,1946-47

2.クマノミの社会 

はじめに 「魚の性-5」より


 1979年、ロリ・ベルさんとモイヤーさんの共同研究であるクマノミの地域個体群の遺伝的距離の研究が始まり、小笠原(父島)、三宅島、高知(宿毛)、鹿児島(錦江湾)、奄美(加計呂麻島)、沖縄本島で標本が集められました。遺伝的な距離というのは、酵素を比較することによって異なる個体群の血の繋がりの強弱を計ることです。今なら、DNA の比較と言うことになるでしょう。1980年に中園明信さんと僕は、鹿児島と三宅島で採集を手伝いました。鹿児島では四宮明彦さんのご協力を得て、錦江湾でクマノミを採集しました。酵素を比較するため、分析するまで低温で保存しておかないとならないので、同じく、遺伝的距離を研究している増田育司さんにも液体窒素の入手でお世話になりました。錦江湾(桜島の側で、灯台瀬のある浅い処)では、イソギンチャクは小型だったものの、密度が非常に高く、絨毯のように並んでいました。ここのクマノミは面白く、捕らえようとすると、イソギンチャクに逃げ込まないで、どんどん、逃げていました。イソギンチャクが分散している三宅などでは考えられないことです。追い回している内にクマノミが息切れし、タモ網で捕まえることが出来ました。このことには大きなヒントが隠されていたのですが、それに気がつくのはずっと後のことでした。(少し、手直ししています)

 2−1.サンゴ礁域でのクマノミ(宿主が低密度での社会)

 
クマノミがオスからメスへの性転換を行うことは良く知られています。これは宿主イソギンチャクの密度が低く、クマノミに対する捕食圧が高いサンゴ礁の海でのクマノミの話であると言うことは案外知られていません。簡単にまとめてみます。

 ペアはオスよりメスの方が大きく、一つのイソギンチャクにペアと繁殖できない小型個体が一緒に住む。大型で優位なメスが居なくなると、ペアを組んでいたオスが性転換し、小型個体の1尾がオスとして成熟し、新しいペアを作る。ペアにとって多くの子孫を残すには、メスが大型の方が有利であり、ランダム交配(末尾の補注1を参考に)の条件下ではオスからメスへの性転換が進化する。最大個体は同じグループの個体がメスになるのを妨害し、成長までも押さえつけるという社会的制御を行っていると考えられています。このようなコントロールが上手く働くのは、イソギンチャクに依存するためにグループが孤立した状態になっているからこそなのです。

 しかし、同じクマノミでも違う社会があります。

 2ー2.宇和海のクマノミ(宿主が高密度下での社会)

 2001年の7月に行われたクマノミ・フォーラムには、故モイヤーさん、越智晴基さん、加藤昌一さんが講師として出席されました。この越智さんが宇和海で行った研究(Ochi, 1985a, 1985b, 1986 等)は、「魚類の性転換」第8章にも紹介されていますので、ここでは、その後に宇和海で行われた越智さんの研究(Ochi, 1989a, 1989b)と服部さんの研究(服部・柳沢,1991; Hattori & Yanagisawa, 1991)を主体に、宿主イソギンチャクの密度が高い宇和海のクマノミ社会を見てみましょう。特別な場合を除いては、いちいち、引用しません。

 温帯の岩礁域には、宿主密度が高く、捕食圧が低い環境があります。西四国、宇和海の室手の磯はその代表的な場所です。ここで生活するクマノミは、イソギンチャク間を移動する事が出来ます。この点が大きくサンゴ礁と違うところです。

 繁殖するペアは幾つかのイソギンチャクを囲い込む縄張りを持つのに対し、非繁殖個体はペアの縄張りの周辺に行動圏を持っています。この宇和海では、未成魚からオスへ、さらにオスからメスへ性転換する例の他に、未成魚から直接メスになる例があります。また、メスの中には、オスとペアで縄張りを持たないで、ふらふらしているものも居ます。そのために、一般には一夫一妻ですが、稀に1妻2夫になる例もあるのです。

 2−3.宇和海のクマノミではどうしてそうなっているのか?

 
クマノミの生活史を追いながら、謎解きをしていきましょう。

 越智さんは尾鰭が白いのをメス、黄色いのをオス、上下の縁だけが黄色いのを幼魚、または未成魚、透明なのは稚魚としています。Moyer & Shepard (1976) から、八重山や沖縄などではまた少し違うのですが、その違いは皆さんはご存じですよね(末尾の補注2と3を参照)。しかし、この違いには大きな意味がないのでしょうか?また、ハマクマノミの1本帯消失の謎と比べるとどうなのでしょう?

【繁殖のリズム】

 1983年と1984年の両年、宇和海の室手では、繁殖は6月初め(20.5℃)に始まり、10月初め(22.5℃)に終了した。この間、安定したペアを組んでいたメスは、1983年には5〜9回(平均6.6)、1984年には4〜8回(平均5.4)産卵した。産卵の周期は半月性であった。しかし、ふ化までの期間は6〜12日間で、水温によって変動した。ふ化は新月、または満月近くに起こったが、半月の時でもみられた。ふ化の時刻は日没の30分後で一定していた。
 
【着底】

 最初の着底が認められたのは、1983年は6月16日、1984年は6月15日であった。この後、1983年は10月3日、1984年は10月18日まで着底が続いた。着底個体数ははっきりと言えないが、それぞれの年に、53尾と292尾の当歳魚が現れた。これらの殆どは、発見した時には7〜8 mm SL で、着底後間もないと判断された。少し大きな当歳魚もわずかに居たが、観察地域以外に着底し、そこから移入した個体だろう。

 両年共に、定着は4回の月齢周期の間、続き、繁殖期間と一致していた。この間、定着は半月頃に多くなり、期間中に2回のピークを迎えた。満月には定着がごく少なかった。

 当歳魚の数は、1983年は最後まで徐々に増え続け、1984年には8月にピークとなった後、次第に減少した。

【加入】

 ペアは縄張り内で大きなイソギンチャクで卵を産む傾向があった。当歳魚の加入個体数はクマノミが卵を産んでいないイソギンチャク方が相当に多かった。

【非繁殖個体の行動】

 繁殖するペアは1〜7個のイソギンチャクを囲い込む縄張りを持ち、その内の1から3個を隠れ場と産卵場所として使っていた。当歳、あるいはそれ以上の非繁殖個体はペアの縄張りの中の小さなイソギンチャクに住んでいた。ペア縄張りの周辺や、隙間に行動圏を持っていた。
 非繁殖個体と繁殖個体では尾鰭の色彩にも差があることが認められている(Hattori & Yanagisawa, 1991、末尾の補注3を参照)。

【ペア形成】

 1983年5月から1985年10月までの間、ペアの数は28〜30と安定していたが、非繁殖個体の数は16〜49の範囲で変動していた。
 1983年から1984年にかけて、13のペアで、ペアの片方が追い出された。追い出されたのは11尾のオスと2尾のメスであった。それから6つのペアが消失した。死亡したか、調査区域外へ移出したものだろう。計19のペアの縄張りでは、この内、14箇所で同じなわばりに新ペアができた。残り5カ所の内、3カ所では縄張り範囲が変化して新ペアができた。残り2カ所は空いたままとなった。このどちらも大きなイソギンチャクに恵まれていない場所であった。(上5行、03/05/04 一部修正)

 以下、長くて複雑なので、整理した。

・新しいペアは、必ず、以前に繁殖ペアが使っていたイソギンチャクで形成された。
→ 高密度と言っても、繁殖に好適なイソギンチャクは限られている。

・ペアの片割れが居なくなった時、隣の繁殖ペアの異性か、繁殖していなかった個体の移入によって新ペアが形成される。
→ 隣で繁殖していても、隙あらばと狙っている個体がいる!

○ 03/05/04 書き加え

・ペアのオスが消失すると、残ったメスと他所から来たオス、或いは未成魚と新ペアが形成 された。
・ペアのメスが消失すると(2例)、残ったオスは、オスが消失して独身となった隣のメス と新ペアを形成した。もう1例では、残った独身オスは、他所の縄張りに移ったが、その 後、行方不明。空いた縄張りは未成魚同士の新ペア2組によって2つの縄張りに分割され た。

・ペアの両方が居なくなった時は、繁殖していなかった2個体によって新ペアが形成され  る。
→ 好適なイソギンチャクは不足しており、空けば直ぐに利用される。
 (逆には、好適なイソギンチャクがない故に、非繁殖個体が存在する)

稀に、侵入者がペアの片方を追い出して、片割れと組んで新しいペアを形成(乗っ取り
→ 乗っ取りとは過激。

・オスからメスへの性転換が数例みられた。メスを失ったオスが近くにいた非繁殖個体と組むか、乗っ取られたオスが別の場所に新しい縄張りを作って別の非繁殖個体とペアを作った時に自分がメスへ性転換した。この際、性転換したオスは新しいメイトより5mm 程大きかった。

 以上から、新しいペアは、前のペアの片割れ、もしくは両方が居なくなった後に形成される。稀に乗っ取りも起こっていた。宿主の密度が高いとは言え、繁殖に好適なイソギンチャクを巡ってペア形成を行っている。この時に性転換なしに新ペアが出来ている例が多いことと、オスとして繁殖していなかった個体が最初にメスとして性成熟し、繁殖を始めることもあることに注目して下さい。


 2−4.オスからメスのへ性転換を見直してみよう。

 宿主密度が低く、捕食圧が高い場所では、メイトを失った時、メスが残れば第3位個体がオスとして性成熟するのを待って新ペアを組みます。オスが残った時はメスに性転換して第3位個体と組めば良いのです。どちらも新ペアで繁殖を始めるまでには時間が掛かります。しかし、この手段に限られています。

 一般に多くの例で、以下のような履歴になるのでしょう。
  幼魚→未成魚→オス→メス

 一方、宿主密度が高く、捕食圧が低い場所では、メイトを失った時に、新ペアを組むのに幾つもの手段があります。時間が掛かる性転換に依らなくても、新ペアができます。オスとして繁殖していなかった個体が最初にメスとして性成熟し、繁殖を始めることもあるのです。

 次の3つの履歴があります。
  幼魚→未成魚→オス
  幼魚→未成魚→オス→メス
  幼魚→未成魚→メス

要点をまとめます。 03/05/04 に加筆

1.非繁殖個体が空いた縄張りで新ペアを組む場合、大きな個体ばかりです。
  標準体長で7センチ以上。
2.非繁殖個体同士がペアを組んだ場合は、最初の産卵までに1年は掛かるようです。
  従って、成熟を進めずに成長しているのでしょう。
  この新ペアのサイズは、オスは6.5cm以上、メスは7.5cm以上です。
3.非繁殖個体がメスと新ペアを組んだ場合は、産卵期中であれば直ぐに産卵します。    つまり、オスとして精子を作り出すのが早いのですね。
4.非繁殖個体がオスと新ペアを組んだ場合は、産卵期中であってもその年は産卵しませ   ん。性転換に時間が掛かるようです。


 越智さんはまとめの最後にこう書いています。

「宇和海において、メイトを失ったやもめのオスが、別のメスと再度ペアを組むことが期待できない場合には、非繁殖個体、あるいは別の自分より小さなオスとペアを組んで、自分がメスに性転換するのは、悪い状況下でのベストであるといえるのだろう」

補注1:ランダム交配とは

 着底した後に空きのイソギンチャクに加入した個体を想像してみましょう。この個体は単独です。次に加入してくる個体はどういう個体かは予測不可能です。しかし、繁殖はイソギンチャクの中でと言う制限がありますね。イソギンチャクを離れて、メイトを得られない情況では待ちの姿勢ですね。こういうような場合、メイトを得るのは偶然に頼るもので、ランダム交配と考えられます。
補注2:クマノミの体色の地理的差異(Moyer and Shepard, 1976)

・八重山:宿主密度は高いが、クマノミは少ない。一般にオスの尾鰭は上下縁辺がオレンジを帯びる。メスは白い。しかし、この逆になったペアも観察され、ペアの性差ははっきりしない。台湾、グアム、フィリピンでも同様と思われる。

・沖縄:宿主としてはシライトイソギンチャク Heteractis crispa が多い。オスの尾鰭は上下縁辺がオレンジ。メスは乳白色。性差は極めてはっきりとしている。

・小笠原:宿主は非常に少ない。黒化型で性差はない。幼魚はくすんだオレンジ色。
(沖縄の慶良間、三宅島のイボハタゴイソギンチャク Stichodactyla haddoni に住むクマノミも黒化型)

・本州中部以南の太平洋岸:温帯域では、主な宿主がシライトイソギンチャクからサンゴイソギンチャク Entacmaea quadricolor に変わる。体色は補注3を見る。

 モイヤーさんはクマノミの密度が高く、社会的な優位性をアピールする場所では性差がはっきりすると考えている。
 イソギンチャクの学名は混乱しているが、ジャック・モイヤー著「クマノミガイドブック」(TBSブリタニカ)に従う。

補注3:尾鰭のタイプ(Hattori & Yanagisawa, 1991)


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 (Hattori, 1994, 1995, Hattori & Yamaura, 1995 ) 【継父】 【1妻2夫】 

事務局より:

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