FIELD REPORT- 8
トウシマコケギンポの産卵行動 大平美穂・瓜生知史
(写真提供:原 多加志)
03/17/04

関連BBS:1963, 1975, 1978, 1980, 1989
関連URL:http://www.izu.co.jp/~uryu/16mikaduki.htm

1.はじめに

 2002年の12月から東伊豆・伊豆海洋公園のオクリダシの入り江に生息するトウシマコケギンポの観察を始めました。メンバーは「マリンライフナビゲーション」オーナーの瓜生知史氏と大平が中心となり、興味がある人なら誰でも参加可能としました。

 観察を始めたきっかけは、私がトウシマコケギンポ大好き人間だったからです。
空(くう)を見つめるつぶらな瞳や半開きの口、のほほんとした表情を見ているだけで心が和むのです。

 伊豆海洋公園のオクリダシの入り江には、沢山のトウシマコケギンポが生息しています。
ある日「オクリダシにいるトウシマコケギンポを全て探し出して、居場所がわかるコケギンポマップを作ったら面白いだろうなぁ」とふと思いました。また、トウシマコケギンポはカメラの被写体としても人気があるので「その地図をダイバーに売ったら儲かるかなぁ」とも考えました。

 ということでコケギンポマップを作成すべく、先ず「フタコブ岩」と呼んでいる岩に棲息しているトウシマコケギンポを調べてみました。するとフタコブ岩だけで12個体が確認出来ました。フタコブ岩はオクリダシの入り江の中のほんの一部分。これでは全て探し出すのは大変だ・・・とマップの作成は早くも挫折してしまいました。

 そこで路線変更をし、フタコブ岩に生息しているトウシマコケギンポを継続観察してみようということになり、現在まで続いています。そしてこの調査を「TKGプロジェクト」と名付けました。TKGとは私達が名付けたトウシマコケギンポの愛称です。

2.調査の方法

1 フタコブ岩に棲息するトウシマコケギンポの巣穴に番号をつけた。
2 フタコブ岩の全てのトウシマコケギンポをカメラで撮影し、それぞれの個体の顏の模様の特徴を調べ、個体識別のための人相書きをつくった。
3 それぞれの個体の特徴が分かるような名前を各個体につけた。
4 1ケ月に1〜3回、カメラまたはビデオで全個体を撮影し、体サイズや体色・斑紋の変化、巣穴の移動等を調べ、記録した。体サイズは全長を測るのが不可能なため、頭部の幅(mm)を測った。

個体識別の具体例

 体色・斑紋が変化していくため、実際に個体識別する時は、名前を付けた時に由来となった特徴より、顏の模様を重視した。例えば、発見当時、上の歯が少しか欠けていた個体には「歯っ欠け」という名前をつけたが、今は歯が生えてその特徴を失った。赤い色の個体は、みんな唇に赤と白の縦縞の模様があり、その模様のパターンで識別している。それ以外の色の個体は、唇にある白い筋のような模様や、頬にある白い点々模様で識別するのが確実だと思える。また、眼の模様も識別のポイントになる。



図1 アカセン(オス)。頭部の幅は7.5 mm。
「アカセン」は、眼上を通る斜の赤い線がある。
最近では同じような赤い線が出てきている個体もいる。

図2 ミカヅキ(メス)。頭部の幅は6.6 mm。

「ミカヅキ」は眼の模様が赤い部分と白部分とに分かれていて、
赤い部分が三日月の形に似ている。

図3 モモ。頭部の幅は6.7 mm。
「モモ」は発見当時は他の個体よりも小さく、まだ子供だったようで、きれいなうす
いピンク色だった。それで桃色の「モモ」としたが、今は鮮やかな赤になってしまっている。

3.結果

一般習性

・トウシマコケギンポは巣穴へのこだわりが強く、気に入らないと引っ越しをする。
・巣穴をめぐる闘争が行われる。
・水温が低下してくると、体色が変化する個体がいる。
・これまでの観察の中で、フタコブ岩では新しく現われた個体といなくなった個体がいた。

 なお、巣穴移動については瓜生氏がI.O.P. DIVING NEWS で紹介する予定。

産卵行動
 伊豆海洋公園オクリダシの入り江のフタコブ岩においてトウシマコケギンポの産卵が
観察された。

産卵データ
日時:2004年1月14日  AM11:31〜PM12:15
水温:17℃
天候:晴れ
場所:伊豆海洋公園オクリダシの入り江 フタコブ岩 水深4m

産卵の流れ

産卵が確認されたのは、TKGプロジェクトで個体識別して観察中の『アカセン:♂』と
『ミカヅキ:♀』。

 いつものようにフタコブ岩のトウシマコケギンポをビデオで撮影していた。
ミカヅキを撮影しようとその巣穴に近付くと、穴からお腹のあたりまで体を出していた。いつもは顏だけしか出していないので「珍しいなぁ」と思った。体を撮影するチャンスは滅多にないので、刺激させて引っ込ませない様に少し離れた場所から撮影していると、直後に、産卵行動が始まった。
以下、産卵行動の流れを時間を追ってオス、メス別に記す。
はビデオの記録からとったものである。

11:31 
メス:穴から腹まで体を出していた
   アゴから腹にかけて濃い黄色になっており、腹はふくらんでいた
   メスは自分の巣穴から出て行き、65cm離れた、斜め左下にあるオスの巣穴までまっしぐらに移動して行った


図4 産卵前のお腹の大きな雌。自分の巣穴を出てオスの巣穴に行こうとしているところ。

11:32 
メス:アカセンの穴に頭から突っ込んで入って行った
オス:その後、オスが穴から顏を出した
      
11:33 
オス:顏を左におよそ20゜傾けている(これまでの観察では、顏はいつもは真直ぐ前を
   向いているのがほとんどであった)
   顏をガクガクと揺らすような動きをしている(約5秒間)
   穴の入り口まで顏を引っ込めている(いつもは鰓の前のあたりまで出していることが多い)
メス:穴の中で確認できず
          
11:35 
オス:穴の入り口から顔を少し沈めている
   顏を左におよそ40゜傾けている
   もぞもぞと動き、わずかに口をパクパクさせている
メス:穴の中で確認できず

11:39 
オス:顏が穴の入り口と同じ高さになる
     顏を左におよそ20゜傾けている 
メス:穴の中で確認できず

11:42 
オス:顏の位置がほぼ真正面になる
メス:穴の中で確認できず

12:15 
オス:穴の中に引っ込む
メス:オスが穴の中に引っ込むと、代わりにメスが顏を出した
   体を穴から乗り出して、自分の巣穴の方向を見た後ためらう
   ように引っ込めた
   その後再度体を乗り出し、今度は穴から出て行き、自分の巣穴へ一目散に帰って行った
   腹の膨らみはなくなり、へこんでいた
   メスがオスの穴に入ってから出て行くまでの時間は43分間であった


図5 産卵後、お腹の小さくなった雌。
産卵を終えてオスの巣穴から自分の巣穴へ戻ろうとしているところ。

産卵行動について

・この観察で、アカセンはオス、ミカヅキはメスということが判明した。
・メスはオスの穴の中に入ってから出て行く迄、穴の中に籠ったままだった。
・メスがオスの巣穴を訪問した時、まるでそこにオスの巣穴があることを知っていた
 かのように、なんのためらいもなく一直線に岩肌を泳いでいった。メスがオスの巣
 穴に「押しかけて行った」という印象だった。
 この時オスが求愛していたかどうかは確認できなかった。
・産卵行動中のオスの顏の位置は穴の位置スレスレか、穴より少し引っ込んでいるこ
 とがほとんどであった。
 また、常にもぞもぞと動いているような感じだった。
・オスの顏の角度が時々変わっていたのは、穴の中にいるメスの位置に合わせて体の
 位置を変えていたと思われる。
・オスは時々顔をガクガクさせて体を震わせているような動きをしており、この時放
 精していたと思われる。

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4.まとめ

トウシマコケギンポの産卵について分かったことをまとめました。

・産卵期
 
頻繁に巣穴の中に入るオスの行動(卵保護、後の記述参照)が観察されたのは、2003年12月、2004年1月と2月である。このことから12月〜2月は産卵していることが分かった。

・婚姻色
 水温が低下してくると体色が変化する個体がいることが観察されていたが、それはトウシマコケギンポの婚姻色であることが分かった。

 婚姻色は、オス→11月頃から顏の色が黒っぽくなる
         黒っぽさが強く出るのは12月〜1月頃である
         2月頃から色が褪めはじめる
         黒くなる度合いは個体によって差がある

      メス→頬、顎の下から腹部一帯が黄色くなる(顎〜腹部はもともと黄色
         味がかっているのが更に濃い黄色になる)
         オスの様に繁殖の期間中ずっと婚姻色が出ているのでは無く、お
         腹に卵がつくられ、産卵の準備が整ってくると婚姻色が出るよう
         である
 
 フタコブ岩とそれ以外の場所の婚姻色が出ているトウシマコケギンポを調べた結果、顔の模様が赤と白の個体は腹部が黄色くなるためメスの可能性が高く、それ以外の色の個体はオスの可能性が高い。
 なお、メスと思われる個体の体側には、はっきりとした黒と白の横縞模様が出るのに対し、オスと思われる個体の体側には黒〜茶色から黄土色のグラデーション模様が出た。
 
・巣穴訪問

メスがオスの巣穴を訪問して、その巣穴に卵を産みつける。

・卵保護
 卵保護をしているオスは産卵直後から20分間の観察で2〜3分毎に5秒間ほど巣穴の中に入り、 卵の世話をしていると思われる。

まだ分からないことは以下の通りです。

消失個体
 フタコブ岩からいなくなってしまった個体は、なぜいなくなったのか。その後どこへ行ったのか。

社会関係
 フタコブ岩のトウシマコケギンポ達の中には順位があるのか。あるとしたら巣穴と関係があるのか。

・繁殖期の始まりと終わり
 今回の観察で、12月〜2月は産卵していることが分かったが、うっすらと婚姻色が出ている11月と3月も産卵しているかどうかは分からない。
 しかし、オスの卵保護中の行動が観察されれば産卵していることになるので今後の観察で解明されると思われる。

・オスは求愛しているのか
 近似種のコケギンポにおいてメスがオスの巣穴に近づいたときにオスの求愛行動が観察されたがトウシマコケギンポではまだ観察されていない。

・体色変化
 
前年の冬には顏の色が真っ黒になった個体がこの冬はあまり黒くならなかったり、逆に前年には顏の色に変化がなかった個体が、この冬は真っ黒になった。その年で違うのは何故か。

 また、繁殖期のオスの体のグラデーション模様は婚姻色なのか、オス特有の模様なのか。繁殖期以外はメスと同様黒と白の横縞模様なのか。

・ふ化
 
卵は何日で孵化するのか。ハッチアウトの方法は?
 マダラギンポは孵化した稚魚をオスが口内に含み、巣穴の外に吐き出すので、トウシマコケギンポも同様ではないかと考えられる。

・ペアのでき方
 
メスにオスの好みがあるのか、あるとしたらオスの巣穴の形状と関係があるのか。また、フタコブ岩のメスは、その岩に棲息しているオスのみと産卵するのか。他の場所まで行って産卵することがあるのか。

5.終わりに

トウシマコケギンポの観察で難しいこと

今回産卵が観察できたのは、大変幸運だったと思います。本当に偶然の出来事でした。
トウシマコケギンポはいつも穴の中に体を埋めているので、メスのお腹の膨らみ具合を見るのも難しく、産卵しそうなメスを予測するのは困難です。もしかしたら、産卵はもうニ度と見られないかもしれません。現在の観察方法でトウシマコケギンポの繁殖の全貌を明らかにすることは大変困難で
すが、与えられた条件の中で工夫しながら、その謎を少しずつでも解明していけたらと思っています。今後の観察で、トウシマコケギンポの社会構造が解明できればと考えています。

TKGプロジェクト http://www.izu.co.jp/~uryu/

ここで、TKGプロジェクトのテーマソングを紹介させていただきます。
プロジェクトの士気を高めるべく(?)作ってみました。

中島みゆち風 「海の星」 作詞:瓜生知史

 ♪♪ 風の中のスバルー、穴の中のギンポー。
    みんなどこへ行ったー、だれにー見つかることもなくー。
  
    ギンポよーせまい穴からー、教えてよー海のー星をー ♪♪ 

このレポートを書くにあたり、TKGプロジェクトでいつも快く写真撮影にご協力して下さっている原 多加志氏にお礼申し上げます。また、余吾先生には大変お世話になりました。このような物を書いたことがなかった私に、書き方を一から教えて下さり、最後まで御指導して下さいました。どうもありがとうございました。


事務局より:なんと言っても個体識別の面白さがよく分かります。浅いところで波に揉まれながら、体を固定し、小さな魚を丹念に調べていくのは体力も根気も必要ですね。これから、さらに苦労することも多いでしょうが、ここまで来たら、あとはサクセスですね。



BBS:1989
はじめまして、動物の社会行動を見るのが大好きな藪田と申します。AUNJでは「チョウチョウウオ的生活」を細々と書いています。TKGのフィールドノートを大変興味深く読ませていただきました。

個体間での社会交渉(闘争行動以外)について、いくつか興味を持ったことがありますので、ここでコメントとして書き込ませていただきます。何かのご参考になれば幸いです。ちょっと長いですが。

産卵は大きな生物学的イベントですが、社会行動の観点から見れば、それは日常的に綿々と続く社会交渉の一部と考えられます。特に、TKGのような定着性の強い社会ではなおさらです。彼等自身が互いに個体識別し、昨日の情報や一昨日の情報を勘案しながら今日の行動を決めていると思われます。

以下に、そのような日常的な社会交渉としてありそうなものを書き出してみました。既に観察されておられるかもしれませんが。

1)メスが「一直線に泳いで行った」ことから、メスは、どこにどんなオスがいて、どんな魅力的な巣穴を持っているかあらかじめ調べていると予想されます。メスの訪問行動や巡回行動が定期的に行われているかもしれません。あるいは、オスがメスを訪問し誘導しているということだってあるかもしれませんね。

2)オスが自分の(あるいは自分の巣穴)の魅力をアピールする行動(狭義の求愛行動)は、このような探索訪問の際に行われている可能性があります。ですから、求愛行動は産卵日以外に行われているかもしれません。逆に産卵日は、メスが意思決定した後なので、もはや求愛行動は行われないか、行われても弱いものであるかもしれません。

3)巣穴を巡る競争があるので、メスが訪問した際、オスの攻撃を避けるための行動(「なだめ行動」)をするかもしれません。逆に、オスにとっても、せっかく訪問してくれたメスを攻撃してはいけないので、なんらかの行動があるかもしれません。あるとすれば、それは、メスの「なだめ行動」やオス同士の出会い時の初期行動(「低水準の威嚇行動」)と外見的に類似しているか、共通の行動要素を持っていると思われます。また、目立つ行動とは限らないでしょう。微妙な目立たない行動かもしれません。例えば、ちょっと止まって一瞬そっぽ向いたりいった行動とか。

4)以上のような社会交渉が起こる時間帯としては、捕食圧のことを考えれば、早朝か夕方の可能性が大きいと思われます(早朝の観察例はありませんでしょうか)。

彼等の日常的ななにげない(あるいは微妙な)社会交渉について、何かわかっていることがありましたら、またフィールドノート等で紹介していただけたらうれしいです。もちろん、今後の「発見」も。


BBS:1992

先日は大変面白いお話を聞かせていただきありがとうございました。
今回も社会交渉のお話は私たち生態観察初心者には大変役にたちます。
観察するときのポイントはいくつかあると思いますが、その一つに事前の知識と言うのがありますね。
私たちは知識が乏しいので今回の様なお話は本当に為になります。
このような感じで次回のミニ集会が上手く行くと良いですね。



BBS:1993

今後観察に大変参考になるお話、どうもありがとうございます。
今度の冬の産卵の時期になったら、注意して観察してみます。

> 4)以上のような社会交渉が起こる時間帯としては、捕食圧のことを考えれば、早朝か夕方の可能性が大きい
> と思われます(早朝の観察例はありませんでしょうか)。

残念ながら観察しているフィールドでは早朝に潜ることができません。
でも、薮田先生のお話でこれからの観察の楽しみが増えました。
本当は毎日でも見に行きたいのですが・・・

> 彼等の日常的ななにげない(あるいは微妙な)社会交渉について、何かわかっていることがありましたら、
> またフィールドノート等で紹介していただけたらうれしいです。もちろん、今後の「発見」も。

面白いな、と思ったのがケンカです。
アカハナという個体が新居を探していたようで岩肌をウロウロしていました。
エックスという個体の巣穴に近付いた時、至近距離でお互い噛み付かんばかりに口をあけてアゴを膨らませて迫力満点のケンカをしていました。
別の日に、アカハナがギザという個体の巣穴に近付きました。
ギザはアカハナに気付いて、体を穴からにゅ〜っと伸ばしました(口は開けませんでした)。
それだけでアカハナはすごすごと引き下がってしまい、ギザは余裕たっぷり・・・といった感じでした。
岩の中で順位がちゃんと決まっているのかなぁ、なんて感じました。

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