2.「沖縄でのアマモ場における魚類群集」 中村洋平 04/09/04
1)アマモ場って何?
那覇空港から南方へ飛び立って約一時間,石垣島への着陸を伝える機内放送を聞きながらふと目を窓の外に向けると,そこにはエメラルドグリーンに輝くサンゴ礁に縁取られた石垣島がみえる.日本有数,いや世界有数のサンゴ礁が発達する八重山諸島だ.その美しい景色に感動しつつも沖のサンゴ礁に打ち寄せる白い波の線の内側にある浅い海をみると,黒っぽい色の濃い場所があるのに気がつく.これが今回のテーマであるアマモ場です.
さて,そもそもアマモ場とは何でしょう? もともと狭義にはアマモ (Zostera marina:1.アマモの種類参照)
の生えているところを指しますが,ここでは海草が繁茂しているところを総称してアマモ場と呼ぶことにします.沖縄本島においてはジュゴンが海草を採食しにアマモ場に出現することから,一度はテレビや新聞でその言葉に触れたことがあるかもしれません.このコラムでは,沖縄地方のアマモ場が魚類にどのように利用されているのかについてご紹介します.
沖縄地方のアマモ場についてお話する前に,温帯域(本州沿岸)のアマモ場が魚類にどのように利用されているのかについて簡単に説明しましょう.
アマモ場には,アマモに付着する微小藻類や枯死したアマモに由来するデトリタスが豊富にあり,それらを餌とするヨコエビ類や多毛類など,さまざまな無脊椎動物が高密度で生息しています.つまり,アマモ場は魚類にとって格好の餌場となっているのです.加えて,アマモの葉によって形成される複雑な構造は,魚類に生活空間を提供しているだけでなく,稚幼魚などにとっては捕食者からのシェルターとして機能していると考えられています.
このような特性のため,アマモ場には多種多様な魚類が生息し,また,さまざまな種の稚幼魚の成育場となっているのです.
さて,温帯域ではアマモ場に出現する魚類にある程度の共通性が見られることが知られています. 一般的に,周年出現するアミメハギやハオコゼなどのような小形種と,季節的に出現するより大形の種の稚幼魚がアマモ場の魚類群集の主な構成種となっているそうです
(堀之内,2003).
2)沖縄のアマモ場
それでは,サンゴ礁が発達する沖縄地方のアマモ場は魚類にどの様に利用されているのでしょうか? シュノーケリングで礁池内のアマモ場を見たことがある人は次のように感じると思います.
“...なんだ,魚いないじゃん!”
たしかにカラフルな魚たちが泳ぎ回っているサンゴ礁域を見たことがある人なら,アマモ場はなんと地味に感じるでしょう.しかし,よくよく観察すると様々な魚が生息していることに気がつきます.
まず,最も特徴的なのが海草に擬態している魚です. 西表島や石垣島のアマモ場では,フチドリカワハギ,カマスベラ,ハタタテギンポ,オオヒレテンスモドキやトゲヨウジ
(写真1) など海草自体や海草に付着する海藻類に体色を似せた魚類が数多く生息しています.
もっともっと目を凝らしてみると,ウミショウブ (Enhalus
acoroides:1.アマモの種類参照) の葉上にはウミショウブハゼなるものもいます. また,海草をみてみると,半円状にかじり取られたあとがよく見られます.これは,チビブダイやミゾレブダイ,もしくはアイゴ
(成魚) などの海草食魚によって摂食されたあとなのです. このように海草に擬態したり海草を摂食したりする魚類はアマモ場のみで生涯生活をするものが多く,八重山のアマモ場に出現する魚類においては種数と個体数ともに全体の約3−4割を占めています.
それでは,他の6割はどのような魚類なのでしょう? 多くはアマモ場を一時的に利用するサンゴ礁魚類です. 具体的にはオオスジヒメジやミツボシキュウセンなどのようにアマモ場を餌場の一部として利用しているものや,多くのフエフキダイ類のように,稚魚期をアマモ場で過ごし,成長するとサンゴ礁域のほうに移動するものなどが挙げられます
(写真2:イソフエフキ稚魚).
このように沖縄地方のアマモ場は,海草食魚などのアマモ場専住魚と,アマモ場を餌場や稚魚の成育場として利用するサンゴ礁魚類によって利用されていることが理解されたと思います.
それでは逆に,サンゴ礁魚類全体の中でアマモ場を利用する魚類はどの位いるのでしょうか? 実は,アマモ場を利用している魚類はその1−2割ほどしか占めないことが明らかとなっています.意外に少ないですね
それではサンゴ礁域に比べて魚の少ないアマモ場はあまり重要ではないのでしょうか? いえいえ,そんなことはありません.例えば,アマモ場を稚魚の成育場として利用しているフエフキダイ類は沖縄地方の沿岸で漁獲される魚類の中で最も重要な水産資源の一つとなっています.
また,旧暦の6月から7月の大潮の時期にアマモ場に出現するスク (アイゴ類の稚魚:写真3) の大群はスクガラス (スクを塩辛にしたもの)
として利用されていますし,アイゴの成魚は肉のしまりがよく,美味であることから大衆魚として好まれています.
魚類以外にも,アオリイカ (アマモ場に産卵をしにくる),クモガイ,オキナワモズクなど人の生活に係わっている生物がアマモ場には豊富にいるのです.
下の“アマモ場の荒廃と回復”でも触れていますが,アマモ場は現在消失の一途をたどっています.沖縄地方でも,陸域からの汚水とシルトの流入,漁港の建設・航路浚渫などにより減少傾向にあります.アマモ場が減少したために,有用魚介類の漁獲量が減少した例は,世界中のあちこちで知られています.私たちは健全な海洋環境を維持・利用するためにも,アマモ場の保全や回復に取り組む必要があるでしょう.
参考資料
堀之内正博(2003)アマモ場における調査法 竹内均 (監修) 地球環境調査計測事典.第3巻沿岸域編. p723−732.
フジ・テクノシステム,東京.
向井宏(1997) サンゴ礁の草原 西平守孝ら (編著) サンゴ礁―生物がつくった生物の楽園.p169−225. 平凡社,東京.
3) 魚達はアマモ場に何を求めているのか? 05/07/04
アマモ場には,周囲の砂地と比べて多種多様な魚類が棲んでいることが知られています.これは,海草によって形成される立体構造の存在が,魚類の生息場所形成において重要な役割を果たしているためです.
それでは,その役割とは何でしょうか?ここでは,アマモ場のもつ餌場と避難場所としての機能的役割をみることで,魚達がアマモ場に何を求めているのかを考えていきます.
a) 餌場としてのアマモ場の役割
アマモ場では海草を摂食するブダイ類やアイゴ類が知られています(写真下;ブダイ類の摂食跡).しかし,アマモ場魚類全体に占める海草食魚の割合は,あまり大きくありません.
アマモ場に出現する魚類の大部分は,葉上性や表在性のヨコエビ類や等脚類などの小型甲殻類を摂食しています.小型甲殻類などの無脊椎動物の量は,砂地よりもアマモ場に多いため,アマモ場は魚類の格好の餌場となっているのです
(表;参照).また,葉上性の無脊椎動物の量は,海草の葉が茂るほど増えていく傾向にあることも知られています.
表.アマモ場と砂地における無脊椎動物量の比較 (個体数/F)
場 所
|
アマモ場
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砂 地
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文 献
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岩手県大槌湾
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10023
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3434
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野島 (1996)*1
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沖縄県西表島
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24196
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10540
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中村 (未発表) *2
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*1.底生(埋在性)無脊椎動物
*2.葉上性・表在性および底生無脊椎動物の合計
b) 避難場所としてのアマモ場の役割
海草の葉が形成する複雑な構造は,捕食者からのシェルターとしての機能を持つと考えられています.特に被食の危険が高い稚魚にとっては重要な機能です.
実際,捕食者の存在下でアマモ場と砂地における稚魚の生残率を比較したところ,アマモ場の方が高いという結果が得られています.また,アマモ場のシェルターとしての効果は稚魚の行動型で異なり,定住性のテンジクダイ類よりも移動性のベラ類の方が高い生残率を得られるという報告もあります.
c) 魚達がアマモ場に求めるもの
アマモ場の魚類群集は,アマモ場を中心に生活をする魚類と,アマモ場を餌場や稚魚の成育場として,一時的に利用する魚類によって大きく構成されています.
まず,アマモ場を中心に生活をする魚類は,アマモ場に何を求めているのでしょうか?アマモ場以外に生息場としての構造がないところでは,海草によって形成される立体構造は,格好の生活空間となっているでしょう.海草による水の流れの静穏効果は,これらの魚にとって好適な棲み場所であることも考えられます.また,海草や海草由来の生産物に大きく依存している魚類はアマモ場でないと生活できません
(例えば、海草食魚).
それでは,アマモ場を一時的に利用する魚類はどうでしょうか?まず,餌場として利用している魚類は,その豊富な餌資源を求めているのでしょう.
では,アマモ場を稚魚の成育場として利用している魚類はどうでしょうか?先にも紹介したようにアマモ場は,餌が豊富で,被食の危険が低いため,稚魚の成育場として格好の場所なのです.餌が豊富にあるため,稚魚期をアマモ場で過ごした個体は,砂地で過ごした個体よりも成長率が高かったことも報告されています.つまり,アマモ場で過ごした方が,被食される確率が少なく,また,早く成魚になることができるのです.
アマモ場を稚魚の成育場として利用している魚類の中には,アマモ場が消失することによって,アマモ場以外の生息場を利用するのではなく,その魚自体がいなくなってしまう種がいます.そのためアマモ場の衰退は,アマモ場専住魚だけでなく,稚魚の成育場として一時的に利用している魚類にとっても大きな問題なのです.
参考資料
Biology of seagrasses (1989) Larkum AWD, McComb AJ, Shepherd
SA (eds) Elesevier, New York.
野島 哲 (1996) 海草藻場群集の多様性と安定化機構.日本生態学会誌46:327−337
仲岡雅裕先生(千葉大学)のHP:海草藻場の研究 http://life.s.chiba-u.jp/nakaoka/SeagrassRes_jp.htm