FIELD REPORT- 6

6.セダカの巻き直し 石田根吉 05/02/03

FIELD REPORT-1「セダカスズメダイの産卵」の続編です!

関連BBS:1571

 毎年、7月初旬から9月末までの3ヶ月にわたって富戸の岩場に産卵を繰り返すセダカスズメダイの卵塊(クラッチ)の不思議な規則性を前回報告しました。それは、凡そ次の様なものでした。

 (1) 産卵床の岩には誕生日の異なる数種の卵塊が普通ある。
 (2) 新たに卵を産みつける場合は、岩の上の最も新しい卵塊の隣に産む。
 (3) 最新のクラッチの隣に隣にと産み続け、クラッチは時計回りに回転して行く事が多い。

 オスは岩の上のその卵を守り続け、メスは早朝に産卵にその岩場に遣ってくるのです。ところが、勿論このルールにも例外があります。その一つが、

 「それまで時計回りに産みつけられていた卵塊が、或る時急に反時計回りに回り始める」

という現象です。僕はこれを「卵塊の巻き直し」と呼んでいます。この逆回転はしばしば生じる現象ではなく、一つの産卵床で1シーズンに1回程度という感じです。しかも、繁殖期の後半、9月に入って見られるのが普通なのです。
 ところが、この巻き直しが一体どのようなプロセスを経て生じるのかは今まで全く分からぬままでした。が、昨年(2002年)の夏、そのヒントとなる展開を観察することが出来ました。毎年観察を続けている3つの産卵床の内、僕がNo.2と呼んでいる岩での出来事です。この岩ではこのシーズンはセダカの産卵が絶好調で、7月初頭に産卵開始以来、いつ見ても岩面一杯に3〜4色のクラッチが広がっていました。

 

 8月25日、、岩面には下半分に3クラッチがありました。古いものからA、B、Cの名前を付けています。Aは目玉ギョロギョロで恐らくこの日の夕方にハッチアウトすると思われるもの、Bは産卵後3〜4日、Cは産卵の翌日と思われました。この時点ではクラッチは時計回りです。

 

 これが翌日(8月26日)になると、案の定、Aクラッチの卵はなくなっていました。前夜にハッチアウトが進んだのでしょう。残っているのは2クラッチ。しかも、岩の下部にショボショボです。産卵の快進撃を続けていたこの岩で、卵塊がこんなにしょぼいのはこの年初めてでした。
 Bクラッチは目玉卵塊になってきました。恐らく、Aに続いてこの日の夕方にハッチアウトでしょう。Cは色が緑色っぽく変色して来ました。注目しておいて頂きたいのは上の写真の矢印で示したエリアです。やや密度は低いものの、この部分にも黄色の卵があるのがはっきり分かると思います。

 

 続いてこれが翌8月27日の様子です。やはり、B クラッチはハッチアウトし、この岩にはとうとうC1つきりになってしまいました。そして、注目すべきは、このクラッチが前日に比べるとえらく小さくなってしまった事です。前の日には矢印部分の付近にもあった卵がこの日にはなくなってしまっているのです。これはどうした訳でしょうか?

 「卵を守っていたオス親が食ってしまったのか?」

卵を守ることに多大なエネルギーを費やすオスは自分の餌の確保もままならず、遂には卵を食べてしまう事があるそうです。それがこの段階で生じたのでしょうか? 7月初頭から繁殖期に入り9月下旬頃まで続く産卵の後半に入って疲れが溜まる頃かもしれません。事実、これまでの「産卵快進撃」が鳴りを潜めてしょぼい1クラッチだけになっています。

 それとも、何かの魚に食われたのでしょうか? でも、少なくとも日中にこの岩で卵を狙っているような魚をこれまで見た事がありません。

 或いは、本産卵床の中でもこの部分は卵が剥がれ易いような特質があるのでしょうか?

 

 そして翌28日にも新しい産卵はなく、たったひとつ残されたCパッチがひっそりと灰色っぽく色を変えただけでした。

 「あれだけ隆盛を誇ったNo2の岩でとうとう卵がなくなってこの
  まま産卵期を終えてしまうのか?」

とちょっと不安。

 ところで、あらためてこの岩面を見渡して気になる事が出てきました。始めに書きましたようにセダカの産卵は一般に

 「最新の卵塊の隣に隣に」

で進みます。そうして卵塊が一旦時計回りに回り始めると、この「隣に隣に」のルールを守るだけで時計回りは続く事になります。ところが、こうして岩面の卵が1パッチだけになってしまうと、「隣にルール」によって産卵できる場所は上の写真のD1とD2の2箇所が可能になります。この岩でこれまで続いて来た様な時計回りの産卵をセダカのオス或いはメスが覚えているのならば、次の卵はD1に来る筈です。でも、そんなのを無視してD2に来ても「隣にルール」は守られる事になります。

 

 そして、翌日8月29日です。新しい卵・Dが遂に産み付けられました。取り敢えず「産卵終了」の危機は乗り越えられました。そして、その場所はCパッチの右側でした。つまり、これは、これまでの時計回りから反時計回りへ回転方向を変えるのろしとも見えるのです。例年より少し早いのですが、僕には「巻き直し」が始まったのだと感じられました。

 興味深いのは新しいDパッチはCパッチと少し間隔を置いて産みつけられている事です。確かにCの傍ではあるのですが隣接してはいません。厳密に言うと「隣にルール」が破られてしまっているのです。更に気になるのは、CとDの隙間(上図矢印部)というのが8月27日に「卵塊の一部が急になくなった」エリアとはぼ一致していることです。という事は、今回もDパッチの卵は一旦この部分に産みつけられたのですが、何らかの理由でなくなったのでしょうか? それとも、この矢印エリアには前の卵の残滓が何か残っていて、それに隣接する形でDクラッチが産みつけられたのでしょうか。

 

 翌日8月30日にはCクラッチの卵はハッチアウトして消失し、前日に産卵されたDクラッチだけが残りました。

 さて、ここでセダカには新たな選択が迫られます。Dが、

 「これまで時計回りでしたが、これからは反時計回りに巻き直します」

という意思表示であったのならば、次の卵はE2の位置に産みつけられる筈です。でも、Dパッチが偶然この位置に産みつけられただけならば「隣にルール」に従ってE1の位置に産むことも可能なはずです。果たして、セダカはどちらを選ぶのでしょう? 僕はこれまでの経験から次はE2だろうと予想しました。

 が、残念。この年の夏休み合宿はこの日が最終日なのでした。

 「果たしてセダカは敢然と反時計回りの道を選ぶのか? それとも思い直して時計回りに最反転するのか?」

その答えは翌週に持ち越されたのでした。

 

 そして、満を持して迎えた翌週9月7日のNo2の岩が上の写真です。古い卵から新しい卵に番号を付けると上の様になります。それを番号順に追っていくと、そう、反時計回りになるのです。ですから、8月30日の写真で予想した、Dパッチに連なる卵はE2の側(反時計回り)に産みつけられたのだろうと考えられます。

 以上が、この夏、No2の岩で見られた卵塊巻き直しの一部始終です。粗筋をまとめると次の様になります。

 それまで3パッチも4パッチもの卵塊が時計回りになっていたのに、急にクラッチが減り、岩面に十分なスペースが生まれます。その後、残された卵の傍に次のクラッチが追加されます。この時、それまでとは逆のスペースに産み付けられると、その後連続して反時計回りに追加され、再び3〜4パッチの賑やかなクラッチ群が復活するのです。

 全プロセスを通じて

 「産卵は最新のクラッチの隣へ」をほぼ守りながら巻き直した事になります。

 今回のストーリーは、様々に僕の想像力を掻き立ててくれます。

 「セダカ達は卵塊を巻き直すためにクラッチの数を1つにまで減らしたの? それとも、クラッチの数が減ったことが巻き直しを誘引したの?」
 「この回転方向の逆転を主導したのはセダカのオスなの?メスなの?」

などという事です。これにはヒントになりそうな事があります。今回ご紹介したNo.2の産卵床でクラッチが1つにまで減少していた頃、その傍にあるNo.3でも同じ様にクラッチ数が減少し、遂には全くなくなってしまっていたのです。そして、更地が数日続いた後、No.2で巻き直しが始まった8月30日に、再びクラッチが現れたのでした。
 つまり、この頃というのは、このエリアのセダカたちの繁殖意欲が共通して低下していた様に思えるのです。

 なにやら関係ありそうな状況証拠ばかりが揃っているのに、真犯人の姿が一向に見えてこないもどかしさを感じます。それぞれの「点」を繋ぐ「線」を皆さんの海で御覧になりましたら是非教えて頂けたら幸いです。

事務局より
 今年は是非、他の場所からもこうした情報を寄せていただきたいなと思います。
浅いところで見れますし、エントリーした後、なじみのオスへちょっと挨拶、写真にとっておく、黄、緑、銀とメモする、てなくらいで始めてみられても良いのでは?
 では、掲示板でお待ちしています。南紀の皆さん、この頃、おとなしいなー。

産卵基質:卵を産み付ける基質。岩、死サンゴ、海藻など
産卵床(産卵巣、ネストともいう):卵を産み付ける場所(空間)。
 岩の窪み、死サンゴの天井部など。保護をする個体が掃除をすることもある。
卵塊(クラッチともいう):あるメスが一回に産んだ卵全体のこと

参考文献
 幸田正典 1989 なわばり性スズメダイ類の産卵活動の日周期性。             後藤 晃・前川光司編 「魚類の繁殖行動」東海大学出版会

戻る